「ロビン、今なんて?」
「だから、しばらくキスは、ちょっと……」
「え、」
「ごめんなさい。あの、ともかくそういうことだから」
 目も合わせずそう言って、するりと腕の中から逃げていく。
「あ、ちょっ、」
 突然の言葉を飲み下せず、その後ろ姿を追いかけることもできなかった。
「あー……」
 どさりとベッドに腰を下ろし、そのまま後ろに倒れ込む。
 えーっと、私、何かロビンを怒らせるようなことしちゃったかな。
 ううんと考えてみたけれど、思い浮かぶ心当たりがない。ていうか、ここのところロビンは遺跡の調査で忙しそうにしてたから、朝と夜、顔を合わせて会話ができればいいほうだったくらい。
 それが数日続いてて、さっきやっとロビンの体が空いたのを知って、近づいたらこれ。
 思い返せばハグまでは嬉しそうにしてくれてたから、やっぱり怒ってるわけではないと思う。
 ただそうなるとますます理由がわからないんだけど、もしかしたらフィールドワークが終わっただけで書き物や考え事があるのかもしれない。
 まあまだ朝だし、ひとまず今日一日そっとしといてあげればいっか。

 いよいよ私が困り果てたのは、その夜、だめ元でロビンにお伺いを立ててからのことだった。
「ね、いーい? それとも今日は疲れてる?」
「……私も、少し久しぶりだから」
「あれっ? いいの?」
「え?」
「あ、うそうそ、なんでもない! ありがとっ」
 まさかOKとは予想していなくて、じゃあ今朝のあれは単にそういう気分じゃなかったのかなと思った。けれど最中にキスしようとしたら、露骨ではないにしろしっかり拒まれてしまって、あ、やっぱそっちはだめなのね、と。
 それにしても、こんなことってある?
 キスまでなら、っていう今と反対の状況なら過去に何度かあったけど、これは初めて。
 終わったら理由を訊こうと思っていたのに、ロビンってばすぐに眠っちゃった。しょうがないから私も寝よう。おやすみ、ロビン。

 そして翌朝。
 気が変わったりしてないかなって、さりげなく顔を寄せてみる。逃げる様子はなかったから「おっ」と思ったのも束の間、直前になってすすーっと顔を逸らされて、私の唇はロビンの頬に着地した。
「……ロビン」
「なあに?」
「なんで?」
「……何が?」
「わかってんでしょ」
「それは……」
 ロビンはうまく取り繕おうともせず口籠るけど、その態度に私はむしろ少しほっとした。それは、“何かを隠してること”を隠してない顔だったから。
 なんとなく、事はそれほど深刻ではない気がする。
「ま、いいわ。しばらく、よね。大丈夫になったら教えて」
「ええ……」

 ただまあ。
 かっこつけてロビンの前から去ったはいいものの、こっちで打てる手があるならどうにかしたいのが人情ってもんでしょう。
 ということで、私はフランキーの元を訪ねていた。
 フランキーは変態だけど、ああ見えて真面目な相談にはちゃんと大人の回答を示してくれる。そして一番肝心なこととして、どうやらフランキーは私とロビンの仲を察しているみたい。けれど、それを掘り下げるでもなくただ話を聞いてくれるし、私が考え込みすぎているときには軽いノリながらも的を射たアドバイスをくれる。そういうところがなんだかんだ“アニキ”なのよね。
 だから私は、ロビンとのことで人に話を聞いてほしくなったら、こっそりこの開発室に足を運ぶ。あくまでも、“一般論”に基づく恋愛話するために。

「ねー、フランキー。一般論として聞くんだけど、エッチはいいけどキスはだめってどういうことだと思う?」
「あん?」
「一般論としてね」
 私の念押しに、フランキーも今日の訪問の趣旨を理解したらしい。おっきな手から出した人間サイズの手で割れアゴを触って、考える仕草を見せる。
「ん〜そうだなァ、体は許すが心は許さねェってのが相場か? 一般論ならな」
「えーやだぁ! そういうこと言わないでくれる!?」
 いきなりどストレートを投げ込まれ、思わず大きな声を出してしまった。
 それは私も一瞬考えたけど、第三者の口から聞かされると心にずしんと来るものがあるのだ。
 早くも一般論の体を放棄してしまったわけだけど、フランキーのほうも慣れたもので、今更そんなことは気にも留めない。髪の毛を逆立てる私を適当に宥めて話を続ける。
「だがまァ、案外しょうもない理由を言えずに話をこじらせてるだけかもしれねェな」
「例えば、どんなよ」
「ん? そりゃあれよ、その前にニンニク食ったとか」
「んなわけないわよ。そんなの食卓に出てないし、そもそもロビン最近出ずっぱりだったからまともに食べてたのかすら……あ」
 言いながら、今、閃いちゃったかもしれない。
「おめェとうとう名前まで出しちまってるが」
 フランキーのささやかなツッコミは聞き流して、その仮定で記憶を辿ってみる。
 見過ごしていた、いくつかの小さな違和感。サラダのトマトを私にくれたこと、歯磨きの時のしかめっ面、いつもよりかなり少ない口数。
『だから、しばらくキスは、ちょっと……』
 そして、とどめのこの言葉。
 うん、多分合ってると思う。
「ごめんフランキー、私戻る! 話聞いてくれてありがと!」
「お? おう」
 思いついたら体は勝手に動いていて、お礼もそこそこに開発室を後にした。
 ロビンを探す前に、念のため確認したいことがあってまずキッチンへ。そして、この時間この天気ならあそこだろうと目星をつけて、芝生甲板に向かった。

 やっぱりいた、ロビン。おあつらえ向きに、他のクルーは近くにはいない。
 マストのベンチで読書をしているロビンに歩み寄り、その隣に私も腰を下ろす。
「ナミ、何かご用?」
「うん、ちょっとね」
 曖昧な相槌を打ちながら手を伸ばし、その唇に触れる。ロビンは少し体を強張らせ、そっと私の手を引き剥がした。
 別に力尽くで目的を果たそうとは思ってないから、素直に従う。そもそも、それだと私じゃ敵わないし。
「ロビン」
「あの、ナミ、悪いんだけど昨日言ったとおり、」
「キスじゃないわ。口開けて」
「え?」
「口の中、見せて?」
 にこーっと笑って、とびっきり優しい声色で。
「……いや」
 ぷいって顔を背けたロビンは、もう私の意図に勘付いてる。ということは、つまりそれが図星でもあるってことだ。
 こうなったロビン相手なら、もういつもの私でいい。
「いーから見せて。痛くしないから」
「……わかってるのなら、別に見なくても」
「見なきゃ今の状態がわかんないじゃない」
「……」
 そこからは無言の攻防。だけどこういう勝負は、結局相手から目を逸らさずにいるほうが勝つと決まってる。
 やがて私のしつこさに折れてくれたロビンが、本当に渋々といった表情で口角付近の頬の内側を見せてくれた。
「ほらもー、こんなおっきいの作っちゃって」
 案の定、そこには痛々しい口内炎が一つ。ちょうど下の犬歯が当たるような、なんとも憎い絶妙な位置に鎮座している。
「さっきサンジ君にも裏取ったわ、最近ご飯偏りがちだったんでしょ」
「ナミには言わないでってお願いしたのに……」
「なんでよ」
「だって、怒るから」
「怒んないわよ」
「怒ってるじゃない」
「これは心配してんの。それに結構ショックだったんだからね!」
「……ごめんなさい、これくらいすぐ治ると思ったの。それに、今朝のあなたは納得してくれたようだったから」
「あんなのかっこつけに決まってんでしょ?」
「そ、そうなの」
 最終的に、なんか私がすごいださい感じになっちゃったけど、一応しゅんとしてたロビンに免じて許してあげることにした。
 さて、答え合わせは無事終わったし、あとはちゃんと治せば一件落着だ。

「というわけで、しばらくロビンの読書のお供はこれね。カフェインはよくないんだってさ」
 先に部屋に戻ってもらっていたロビンに、はい、とそれを手渡す。
「グリーンスムージー?」
「うん。チョッパー監修サンジ君特製の栄養たっぷり本格派よ」
「ありがとう。あとで二人にもお礼を言っておくわ」
 ロビンはこくりと喉を鳴らして、とりあえず一口。
 そして。
「……苦い」
 言うと思った。
 私もちょっと味見させてもらったけど、あ、はい、なるほどねって頷いてコップを置いたから。
「今フルーツがあんまり無いから、そこは我慢して。私のみかんだけじゃこれが限界なのよ」
 とまあ、やむを得ない事情はあるんだけどね。
「そういうことならわがまま言えないわね、ありがたくいただきます」
 ちょっぴり困り顔で微笑んで二口目。
 わかっていたって苦いものは苦いようで、どうしても険しい顔つきになっちゃってるロビンはなんだか子どもみたいで可愛かった。
「あっ、そんなに苦いなら甘ーいキスで中和する?」
 可愛いついでに、からかい口調で囁いてみる。
 期待どおりのおいしい展開になるとは思ってなかったけど、ちょっと、何よその引いた顔は。
「……もしかして、わざと?」
「違うわっ!」
「やだ、冗談なのに」
「私のも冗談だっての」
 くすくす笑うロビンと、完全に遊ばれてる私。
 もー、さっきまではしおらしくしてたじゃない。なんて心の中でぼやきながら、口を尖らせる。
「あ、でもね、ナミ。これは冗談じゃないのだけど、」
「はいはいわかってるわよ、治るまでお預けで、しょ……」
 って、ちゃんとそのつもりだったのに。
 ほんの一瞬、ちゅって掠めるようなキス。
 あれ? と思った時には、もう事は済んでいた。
「ろ、ロビン?」
「これくらいのなら、大丈夫かも」
「え?」
「元はと言えば私からお願いしたことなのに、翻すようでごめんなさい。でも、あなたの顔を見てたら……やっぱり少し寂しくて」
「へっ? あっ、うん」
「だめ?」
「そんなの……全然いいけど」
「うふふ、よかった。じゃあ治るまでは、ね」
「……うん」
 あー、もう。
 そう、結局私はこれに弱いの。
 ほんっとロビンのそういうところ、正直、……めちゃくちゃ好き。はあ。



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