ニュース・クーから新聞を受け取り、今日の日付を確認する。
 6月3日。
 ナミのお誕生日まで、あと1か月。もうそんな時期なのね。
 顔を上げ、少し遠くで海を見ている彼女の姿を視界に捉えて、ふと思う。
 お誕生日、何をあげようかしら。
 陸で暮らす身ならまだ焦るような時期ではないけれど、海に出ているとそう悠長でもいられない。
 あれこれ考えながら背もたれに深く身体を預けると、デッキチェアがぎしりと音を立てた。
 まだ彼女を“航海士さん”と呼んでいた頃は、プレゼントの選定に迷うこともなかった。それまでに立ち寄った遺跡で、これはと思った品物をいくつか持ち帰っていたから、それらを一切合切明け渡した。お宝を隠し持っていたことについては叱られてしまったけれど、最終的には「でもありがと!」とハグしてくれたのを覚えている。
 さて、今年はどうしよう。
 あの頃と今とでは、色々なことが変わっている。
 私がナミに抱く気持ち。ナミが私に寄せてくれる気持ち。私たちの関係。
 つまり有り体に言うと、私は恋人のお誕生日にプレゼントを贈るという初めての体験に頭を悩ませている。
 優しいナミのことだから、多分私が何をあげても笑顔で受け取ってくれると思う。
 でも、せっかくなら彼女に心から喜んでもらえるものを贈りたい。
 そうなると、やはり直接尋ねてみるべきなのかも。いきなりサプライズまで上乗せしようだなんて、そんな調子に乗ったことは考えられなかった。
「ロビン」
「えっ」
 声をかけようとしたその人が、いつの間にか私の隣に立っていた。
 咄嗟に先ほどまでいたはずの場所を見るも、当然そこには誰もいない。
「ナミ……」
「うん」
「えっと、どうかした?」
「それはこっちのセリフよ。あんなにじーっと見つめられてちゃ気になるじゃない」
「あ、ごめんなさい、そんなつもりでは……」
「でも何か用はあるんでしょ?」
「ええ。……来月、ナミのお誕生日でしょう? 何か欲しいものとかあるかしらと思って」
「ああ、そういうこと。んー、そうねー……紙とインクはチョッパーに頼んだし、こないだ破れちゃったバッグの新しいのはウソップに買わせる予定だし……」
 などなど。
 他のクルーへのおねだりについては、すでに抜かりなく用意してあるらしく、私の頭の中にもあったプレゼント候補が次々と挙げられていってしまう。
「でもロビンから何貰おうかなっていうのは、考えてなかったのよね」
「そう、なのね」
「だっていちいちリクエストしなくても、ロビンならハズさないだろうなって。ね、試しにロビンが考えてるの教えてよ」
 そう言われても、もうほとんど残っていないのだけど……。
「……クリミナルの新作、とか」
「あ、それ嬉しい」
 ほらね、とナミは笑う。
「ていうか、そもそもロビンが私にって選んでくれたものなら何だって嬉しいし。ロビンも逆の立場なら同じじゃない?」
 もちろん、それは確かにそのとおりだ。私は素直に頷いた。
「でしょ。だからいいわよ、何でも」
「なんでも……」
「そ。……って、それが一番困るか」
 視線で肯定すると、ナミは腰に手を当てて、うーんと考え込み始めた。
 すぐに思い浮かばなければ今でなくても構わなかったけど、私が口を挟む前にナミは何かを閃いたみたい。
「決めた! じゃあさ、プレゼントはさっきのでお願い。でね、どれにするかはロビンと決めたいな。あとで一緒にカタログ見よ!」
 それはすごく魅力的な提案だった。
 お洋服をと安易に口にしたものの、ではどんな色の何を選ぶのかというとまた難しい。だけど、ナミはその悩みまでも簡単に解決してしまった。
 やっぱり思い切って相談してみてよかったと思う。
 お礼を言って快諾すると、ナミも顔を綻ばせてくれた。
「それじゃあ、お洗濯が終わったら」
「うん、私もみかんのお手入れしなきゃだから、また女部屋でね」
 そう言い残して、ナミは手を振りながらみかん畑のほうへ歩いていった。
 とんとん拍子で話が進み、ひとつ肩の荷が降りたようでほっとする。
 お部屋に戻って、カタログとワードローブを見比べながらナミとあれこれ考える時間を想像すると楽しくなった。
 さて、その前に私もお洗濯をしないと。
 新聞を畳み、デッキチェアから立ち上がる。それらを片付けていると、やや離れたところからよく通る声で「ロビン!」と呼ばれた。
 声のしたほうを見上げれば、つい先ほど別れたばかりのナミがみかん畑から身を乗り出している。
「なあに?」
 私も少し声を張って答える。
「あともう一つ欲しいもの思いついちゃった! 耳貸して!」
「?」
 私の場合、“耳を貸す”とは文字どおり。
 言われるがまま、ナミが掴んでいる手すりの内側にハナの耳を咲かせた。
「あのね、──」

***

 それから一月が経ち、お誕生日前夜。
 ここは静かな女部屋で、ナミも一緒にいる。普段なら最も安らげる空間なのに、今日に限ってはそわそわと落ち着かない。
 私は何をするでもなくベッドに腰掛けていて、ナミはと言うと、塞ぐようにドアにもたれて部屋の外の様子に気を配っている。
「ロビン、甲板覗ける?」
「やってみるわ」
 ちらりと時刻を確認した後、フォアマストの上方に目と耳を咲かせ、意識をそちらに向けた。
 眼下には、みんなが集まる宴会会場。一人、二人……私たちを除いて、全員揃っているようだ。
「おい、誰かナミさんとロビンちゃん見てねェか? もうすぐ3日になっちまうってのに」
「あれ、そういや二人ともどこだ?」
「連れションでも行ってんだろ」
「おいコラくそマリモ、変な想像してんじゃねェぞ」
「でもおれさっきそのへん通ったけど見かけなかったぞー?」
「まーそのうち戻ってくるって! サンジぃ、先食ってていいかー?」
「いいわきゃねェだろ!」
 そこまで聞いて、能力を解除する。
「みんな主役を探してるみたいよ」
「じゃあすぐ戻んなきゃね」
 他のクルーは全員甲板にいたことを告げると、ナミもドアを離れてこちらにやってきた。
「そろそろかな?」
「ええ」
 ベッドに横並びになって、一緒に時計を見つめる。
 もう間もなく、7月3日午前0時。
 あと30秒、20秒。
 10、9、8、7、6、5、4、3、2、1──。
「ナミ、お誕生日おめでとう」
 私から、ちゅ、と軽く口付ける。そこに、めいっぱいの思いを込めて。
「……うん、ありがと」
 当然それだけで終わるはずもなく。
 私が顔を引いた分だけ、ナミがそれを追いかけてくる。
「ちょっ、……っ」
 予想はしていたけど。
「いや?」
「……」
 いやなわけないから、困ってしまう。
「……ナ、ミっ」
「ロビン、……ね、もーちょっと」
「っん、もう……」
 私もナミも、時間がないことは承知している。
 だから、今はこれでおしまい。離れ際のキスは、まだ引き返せるぎりぎりのものだった。
 そのままぎゅっと抱きしめられて、抱きしめ返して。肩に顎を乗せたまま、呼吸のリズムを取り戻す。
「あー……名残惜しいな」
「……もう一つのプレゼント、喜んでもらえた?」
「うん、嬉しかった」
 そこでようやく身体を離したナミが、にっと笑う。
 ナミの言っていた、“もう一つ欲しいもの”。
『あのね、7月3日、誕生日になった瞬間のロビンの時間をちょうだい』
『えっ?』
『ロビンに一番に言ってほしい、誕生日おめでとうって』
 そんなことでいいの? と思った。
 というより、それは私にとっても望ましいことで、一も二もなく頷いた。
 けれど、ややあって冷静になると、なんだか抜け駆けのようでみんなに後ろめたい気持ちも出てきてしまって。
 少し迷ったものの、後日それをナミに打ち明けたところ、『私の誕生日なんだから、私がいいって言ったらいいの!』と一蹴されたのだった。
 そして今、こうしてみんなより一足先にナミのお祝いをさせてもらっている。
 名残惜しいのは私も同じ。でも、みんなだってナミを待っている。主役は遅れて登場するものよ、なんてナミは言っているけど、さすがにそろそろ戻らなくてはね。

 連れ立って部屋を出て、甲板へ向かう。宴の喧騒が近づいてくる。その途中で、ナミが思い出したように話し始めた。
「ねえ、この後なんだけど」
「なあに?」
「部屋に戻ったら、さっきの続き……いいでしょ?」
 さっきの続き。
 というと。
「……今日、するの?」
「だめなの!? 誕生日なのに?」
 その理屈はちょっと解りかねるけど。あと、声が大きいわ。
 それはともかく、私がだめというか、てっきりこの後はナミを囲んで朝まで飲めや歌えの大宴会が続くものだと思っていたから。
 そのような言い分を、潜めた声で並べてみる。
「別に主役ったって最初の乾杯の時だけで、途中で抜けても気づきもしないわよあいつら」
「そうかしら」
「それに、安定した海域だけど一応航海中なわけだから、今夜のはそこそこで切り上げようってサンジ君にも言ってあるしね」
 ふふん、と得意げなナミ。
 そういうことなら、私はもう何も言うことがない。
 彼女の抜け目なさ、用意周到さに改めて感心させられ、そして何気なく自らを顧みた私は、はたとあることに思い至る。
「……あっ」
「何、どうかした?」
 もう少しで着くところだったから、一瞬どうしようかと考えたけれど。
「ちょっと、……忘れ物を。ごめんなさい、ナミは先に戻ってて」
「ああ、うん。ロビンも早く来なよ?」
「ええ、すぐ行くわ」
 ナミと別れて踵を返し、一人、再び女部屋へ。
 静かにドアを閉め、念のため鍵もかける。
 それから、今着ているワンピースの胸元を引っ張って、裾をちらりと捲って、やっぱり……と嘆息した。
 私をそうさせたのは、全く“そのつもり”ではなかった故の、上下不揃いの下着。
 誰にするでもない言い訳だけど、正しく今日に限ってというか……。お風呂から出たところで気がついて、でもまあ今夜ならいいかしらと目を瞑ることにした先刻の自分を悔いた。
 以前ナミはそんなの気にしないと言っていたけれど、これは私の気持ちの問題で。
 手に取ったのは、ナミへのプレゼントと一緒に注文していたコーラルピンクのランジェリー。自ら積極的には選ばない色だけど、どうしても私に着けてほしいと言うナミに、半ば押し切られるように買ったものだった。
 急いで着け替え、元どおりに服を着て、鏡の前で小さく息をつく。
 こうして見る限りでは、先ほどまでの格好と何ら変わりはない。甲板に戻ってナミに相対しても、忘れ物とは何だったのかを尋ねられるに過ぎないと思う、けど。
「……」
 今夜、宴がお開きになった後、本当にそうなるとして──。
 ただそのためだけに身につけたものが、期待どおりにナミに曝されることを想像すると、胸がとくんと疼く。
 あまりにも明け透けなようで、躊躇われる気持ちがないではない。
 でも、今日は……ナミのお誕生日だから。
 そういうことにさせてほしい。
 どんな理屈なのかは訊かないでね。



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