大学生の夏休みは長い。
 最初の一、二週間こそ、友達と海へ行ったりサークルでバーベキューをしたりとかなり充実していたけれど、そんなイベントなんてそうそう毎日あるものじゃない。
 実家に帰省するという子もかなり多くて、今のところ大学で一番気の置けない仲といえるビビもその一人だった。
 私も実家でしばらく過ごそうかな。
 でもあっちだと、こんなふうに勉強もせずに朝っぱらからクーラー入れてだらだらはできないかも。
 ゴザのカーペットをごろごろと転がって、テレビのリモコンに手を伸ばす。
「……あ、今日って日曜だったんだ」
 何気なくつけたテレビでやっていたのは、日曜の朝の定番となっている戦隊ヒーロー物。
 やばいやばい、曜日感覚なくなってるんじゃないの、これ…………って、日曜?
「ロビンのとこ行けるじゃない!」
 思いついた時にはもう飛び起きて携帯を手に取っていた。

「なんで大人には夏休みないのかしらねー」
 オレンジジュースに浮かぶ氷を、ストローで沈めたりかき回したりしながら呟く。
「ナミちゃんまだ1年生なのに、もうそんな先のことを憂いているの?」
 くすりと笑って、ロビンが答えた。
 休日のロビンは、ビシッと決まった平日のスーツ姿からは想像もできない、気の抜けきった格好。
 えーっと今着ているのは……まず上が、胸にWelcome to Saipanとかいうプリントの入ったTシャツ。
 で、たぶん下は中学か高校のときの体操着のハーフパンツだと思う。
 紺色で、裾にNicoって刺繍が入ってるから。
 ちなみに寝るときもこんなの。
 あんな下着つけてるくらいだから、てっきりベビードールだかネグリジェだかそういうのを着てるもんだと期待してたのに。
 部屋着はともかく、こっちにはちょっとがっかりしちゃったわよ。
 そんでもって誰のサイパン土産だか知らないけど、このTシャツがまた趣味の悪い蛍光黄緑一色でとても目に痛い。
 ので、そこからは視線を外して……その代わりに、普段はあまり見られないロビンの生脚を観賞させてもらいつつ話を続けた。
「ていうか、今は私の将来じゃなくて、ロビンの話なんだけど」
「私?」
「だってせっかく私が夏休みでも、ロビンが仕事あるんじゃつまんないもん」
 ロビンのところへ、っていう選択肢は、暇な夏休みをいかに過ごすか考える中で一番初めに思い浮かんだものだった。
 けれど、その案はすぐに打ち消しに。
 理由はさっき述べたとおり。
 暇なのは私だけで、ロビンは普段と変わらず会社勤めの日々を送ってるわけで。
「……うーん、私もバイトとかしようかな」
「あら、いいんじゃない? 暑い時間帯に家を空けておけば、電気代の節約にもなるものね」
「あーなるほどね」
 それに、ここへの交通費の足しにもなるし。
「……うん、ちょっと探してみようかな。本気で」
 学校は休みだし、入れるだけ入ったらひと月でどれくらいになるんだろう。
 あ、でも店によっては、しばらくは研修期間なんかで時給低めになったりするんだっけ。
 とかなんとか、気になることをいくつか挙げてみた。
 高校がバイト禁止だったからこれが初めてだし、ロビンならいろいろわかるんじゃないかと思って。
「……がんばってね」
 けれどロビンは、ぽつりとそう呟くだけ。
 って、それ、全然励ましてるテンションじゃない気がするんだけど。
 ていうか、ロビンだってついさっきまで背中を押すようなこと言ってたのに。
「ロビン?」
 なんだか様子がおかしい感じ。
 グラスの水滴で濡れた指を拭ったせいで、湿って色が濃くなったサイパンTシャツの裾をゆるく握りしめ、ロビンはひたすらだんまり。
 どうしたんだろ?
 少し前かがみになって、俯くロビンの様子を窺い見る。
「ロビーン?」
 その視線から逃れるように、自分の手元をじっと見つめて動かないロビン。
 やがて一向に引き下がる気配を見せない私に観念したのか、ようやく顔を上げてくれて、ちょっとぶりに目が合った。
 控えめな笑みを携えて、ロビンがそっと口を開く。
「…………たまにでいいから、うちにも来てね」
 あ、って合点がいった。
 そっか、私がバイト詰め込もうとしてると思って、そこが気になっちゃったんだ。
 ロビンってば、結構かわいい心配してんじゃない。
 まあ杞憂だけどね。
 むしろ、バイトの目的の半分以上はそのためって言ってもいいくらいで、暇な時間をここへの電車賃に換えられるのならちょうどいいわ、と思っての考えだったから。
「うん、なんなら頻度増えちゃうかも」
 上半身をさらに前へ倒し、ソファの前のローテーブルに頬杖をつく。
「え?」
「だって、ここ最近はもうずっと、ロビンに会うのが一番リラックスできることなんだもん」
 ね、って笑いかけると、ロビンの表情が少し和らいだのが見て取れた。
 ぐうーっと伸びをして、ソファの背もたれに勢いよく体を預ける。
 自分で言っておきながらなんだか照れくさくなったから、ちょっと目を合わせてられなくて。
「……私、どうでもいい人から少しはナミちゃんに近づけたと思ってもいいのかしら」
「ん? なにそ……ああ! いやいやそんなのとっくに、ていうか、あの時だって別にそういうことじゃないわよって言ったじゃない。聞いてなかったの?」
「もちろん聞いていたけれど」
「だいたいどうでもいい人の家にこんなふうに足繁く通ったり、そのためにバイトまで始めようなんて思わないっての」
「……そのため、って?」
「あっ」
 しまった。
「え、やー、……えっと……」
 ロビンの視線が突き刺さる。
 クーラーの効いた快適なはずのこの部屋で、じんわりと汗が浮いてきた。

 
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