「──うん、風邪だな」
「やっぱり?」
「ここのところ寒暖の差が激しかったからな」
 出された薬を毎食後飲むこと、体を冷やさないようにしてたっぷり寝ること、水分補給も忘れずに。
 とまあ、そんな感じのなんてことない診断。
 熱も微熱だし、本当に軽いただの風邪みたいで、大ごとではなさそうだ。よかった。
 そうだとわかった安心感からか、ロビンの表情も心なしか軽くなったように見える。
 風邪となると、さっきの体勢は寒気からくるものだったのね、と私は一人納得していた。
「まあこの感じならすぐ良くなると思うけど、何かあったら呼ぶんだぞ」
「うん、ありがとチョッパー」
 暖かくとのアドバイスもあったことだし、余ってるほうの毛布もかけてあげながら、チョッパーを見送る。
 さて、とりあえず診察の間にサンジ君が持ってきてくれたご飯を食べないと。
 私は左手に自分が食べるサンドイッチを、右手にスプーンを持ってそれをロビンの口元へ。
「はい、あー……」
「……」
「…… んって、ちょっと。開けなさいよ、口」
「……私、自分で食べられ」
「いいから! 病人が逆らうんじゃないの。ほら、ほらっ」
 スプーンを手にしつこく迫ると、ロビンはようやく観念したように顔をこっちへ向けて、ほんの少し口を開いた。
 それじゃ入んないわよともう一度促す。
 だんだん口が開いてきて、そろそろ大丈夫かなというところですかさずスプーンを差し入れた。
 流し込んで、スプーンを抜いて、それをロビンが咀嚼する間に次の一口を準備して、またあーんする。
 それほど量は多くなかったから、何度か繰り返しているとあっという間に食事は終わってしまった。ちょっと惜しい。
 で、お次はDr.チョッパーが処方してくれた飲み薬。
 水、口移しとかやっちゃおっかな〜……って、もう自分で飲んでるし。そりゃそうか。
「ロビン、もうちょっと眠るの待って」
「何かあるの?」
「サンジ君に食器返しに行ってくる」
「でも彼、取りに来てくれるって言ってたわよ?」
 ロビンは薬包紙を畳みながら首を傾げる。
「そしたらいつ来るかわかんないから、安心して添い寝できないじゃない」
「……」
「まあでも横にはなってたほうがいいわ」
「……ええ」
 再び横になり、布団を口元まで引き上げて、ふいっと顔を背けたロビン。
 あ、照れてる? その反応はちょっと嬉しいかも。
 じゃ返してくるね、と二人分の食器を手に駆け足で厨房へ。
「サンジ君、ごちそうさま」
「あれ、ナミさん? 悪いね。あとでおれが行ったのに」
「あー、ほら、ロビン眠ってるからさ、ノックの音とかでいちいち起こしちゃうのもかわいそうかなって」
「それもそうかァ。じゃあお昼もちょうどいい頃に取りに来てよ、いつでも出せるようにしとくから」
「うん、ありがとねサンジ君」
 ピッチャーに水を貰って、急いで女部屋に戻る。
 ないとは思うけど、今の間に眠っちゃったことも考えて、念のため部屋のドアはそっと開けてみた。
「おかえりなさい」
「あ、起きてた?」
「まだ眠らないでと言ったのはナミでしょう?」
 ベッドから上体を起こしかけたロビンに駆け寄って、いいからいいからと布団の中に押し戻す。
 その拍子に、ロビンの額から濡れタオルがぽとりと落ちた。
 一応絞り直しといたほうがいいかな。
 持ってきたピッチャーをサイドテーブルに置き、ロビンが拾ったタオルを預かった。氷水の張られた洗面器にタオルを浸し、雫が垂れないようにギュッと絞る。
 ロビンの額には、タオルで濡れた前髪が乱れて張り付いていた。
 つい先週、私が切り揃えてあげたばかりの前髪。わりとしょっちゅう鬱陶しそうにしてるなあと思って短めに切ってみたら、なんだか少し子供っぽくなってめちゃくちゃかわいかったから、私的にはすごく大満足の出来。ちょっと切りすぎじゃない? とロビンには言われたっけ。
 整えながら優しく払い退けて改めてタオルを乗せると、ロビンは気持ち良さそうに目を閉じた。
 よし、それじゃあ寝かしたげますか。
 私もベッドに上がり、布団の中には入らずロビンの隣に横になる。
 口ではつれなくても、いざその時になると表情を緩めて迎えてくれるから私もわがままがやめられない。
 そんなロビンを見てたら、なんだかこう、じわじわ込み上げるように邪な能動性が湧いてきてしまって──。
「……」
 どうしよう。いいかな、ちょっとだけ。
「ナミ?」
「ロビン」
「え……っん」
 さらりと触れるだけのキス。
 一度離して、ロビンに風邪がうつるからなんて言う隙を与えないようすぐにまた口づける。今度はもう少し深く。粉薬が少し残っていたのか、ほんのりと苦味を感じる。
 さすがにここまでよね、というところで、最後にちゅっと音を立てて唇を離した。鼻の頭がくっつきそうな距離で、いまいちピントも合わない。
 今の私、とてもじゃないけど冷静とは言えないな。
 キスの間、私の額にも触れていた濡れタオルが、その冷たさでどうにか私を保たせてくれていた。
「……風邪が、うつるわ」
「言うと思った」
「もう……」
 視線をそらして首をすくめるロビン。
 ベッドに手をついて体を離し、私のせいでずれたタオルを乗せ直す。
 さすがにそろそろ寝かしてあげなきゃね。ごめん。
 おやすみを交わすと、ロビンは穏やかな表情で目を閉じた。
 お腹のあたりを布団の上から一定のリズムでぽんぽんと叩きながら、今度こそ大人しく寝顔を観察──と思ったんだけど、またなんか変な気起こしちゃうわけにもいかないから、じっとは見つめずにいた。
 ちらっと窺い見たり、遠くに視線を投げてみたりを繰り返しつつ、そのまましばらく手を動かし続ける。
 そろそろ眠ったかな?
 布団を叩く手をいったん止めてみる。
 ロビンは目を瞑ったまま、すぅすぅと寝息を立てていた。よしよし。
 さて、お昼時まではあと数時間。
 一応、暇を潰すための本なら枕元に用意してある。けれど、ただでさえロビンは眠りが浅いし、あまりごそごそしてたら、お昼に私が起こすまでもなく途中で目を覚ましちゃうと思う。
 となると、やっぱり本なんて読んでる場合じゃないか。ロビンの寝顔、今日は思う存分堪能させてもらおう。
 ただ見るくらいなら可愛いもんだって許してくれるでしょ?
 声には出さず、ロビンの寝顔に問いかける。
 早く良くなってね。


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