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:Family

「あの、航海士さん。つかぬことを訊くけれど」
 夜、女部屋。
 私がこの船に乗り込んで、まだ両手で数えられる程度しか過ごしていないこのシチュエーション。
 私には当初から気になっていたことがあり、今夜それを確かめようと、彼女にそう切り出した。
 お風呂から戻ってきたばかりの航海士さんは、ベッドの上でストレッチをしている。不思議な体勢のまま、顔だけをこちらに向けて「何ー?」と間伸びした声で答えた。
「男性クルーのお相手は、航海士さんがひとりで?」
「は? 相手って、何の?」
 私としてはごくストレートに尋ねたつもりだったのだけど、予想に反して航海士さんの顔は心底怪訝そうだった。
「……」
 どうやら私は間違えてしまったらしい。瞬時にそれを悟り、己の愚かさを悔いた。
「ごめんなさい、変なことを訊いたわね。忘れてちょうだい」
「? まあいいけど」
 まだ少し納得いかないような様子ではあったものの、ストレッチに戻った航海士さん。私も再び手元の本に目を落として、視線だけ文字列の上を滑らせる。
 愚問だった。
 なぜなら、彼女は航海士≠ネのだ。もちろん彼女の価値がそれだけでないことは言うまでもないけれど、この船に在る理由としては余りある才能を持っている。何も捧げる必要などなく、むしろ彼女こそがこの航海を支えていると言っても過言ではないのだから。
 一方、私ときたらどうだろう。航海士さんとは、何もかもが対照的だ。私がいなくても、この船は変わらずグランドラインを進んでいく。頼れる航海士さんの導きによって。
 思わずふっと自嘲的なため息が漏れかけたが、いけないと思い直し、すんでのところで呑み込んだ。航海士さんは他人のそういう機微にとても敏感なようだから、どうにも気を遣ってしまう。ここ女部屋のように、彼女と私だけしかいない空間では尚更だ。
「……あっ!」
 突然、背筋を伸ばす姿勢のまま声を上げた航海士さん。
 どうしたの、と言う間もなく、素早く身体を起こしてベッドの上であぐらをかき、むすっとした表情でこちらを睨みつけている。
 もしかして、今の顔を見られていたのかしら。と言っても、表情に出したつもりはないのだけど。
「ロビン、さっきあんたが言ってた意味がわかったわ」
 一瞬頭をよぎった予想よりも、真実はもっと鋭いものだった。
 忘れていた、航海士さんがとても聡い子だということを。
「あのね、ないから! この船ではそういうの!」
 ピシャリと言い放つ声。有無を言わせぬその圧に、私は観念して本を閉じる。ばつが悪くて首をすくめると、航海士さんはふんと鼻を鳴らした。
 決して、彼女を見くびっていたわけではない。
 けれど、私の質問にきょとんとしていた航海士さんには、とても想像の及ばない世界なのだろうと安易に結論づけてしまったのだ。
 しかし、実際のところそれは間違いだった。考えてみれば、航海士さんだって立派な海賊の一味だ。彼女の経歴には詳しくないし、少なくともこの船においては埒外のことであるみたいだけれど、聡明な彼女にとって、私の言葉は察するだけの意味を持ちすぎていたらしい。
「……ええ、そのようね。気を悪くさせてしまったなら謝るわ。ごめんなさい。あなたたちを軽んじているわけではないの」
 これは紛れもない本心だった。
 なぜなら、少なくとも私にとっては、そうすることが当たり前だったからだ。
 航海士さんと違って、何も持たない私が海を航るには、私自身を差し出すしかなかった。ただそれだけのこと。
「これまでの私の常識は、この船では通用しないのね」
 私は窓越しの夜闇を眺めながら、ほとんど自らに言い聞かせるようにそう呟いた。
「ロビン……」
 しょげた声に視線を向けると、先ほどまで膨れていた航海士さんが、今度は今にも泣き出しそうな顔で私を見つめている。
「そんな顔をしないで。軽蔑されることはあれど、航海士さんに心を痛めてもらえるような行いではないわ」
「軽蔑なんてしないわよ……できるわけないじゃない。全部、ロビンが生き抜くためにしてきた選択だもん」
 ベッドから降りた航海士さんは、スリッパも履かず、とぼとぼとこちらに歩み寄る。そのまま正面から私の頭を抱きかかえ、まるで母親が幼子を慈しむように髪を撫で始めた。
「……優しいのね、航海士さんは」
「なに、今更気づいたの?」
 まだその声にいつもの元気こそ戻ってはいないけれど、耳馴染みのある口調に少しほっとする。
「ごめんなさい、慣れていないものだから」
「いいわ、これから慣れなさいよね」
「……」
「ちょっと、返事は?」
「……できるかしら」
「はいって言うまで離さないわよ」
「はい」
「おい」
「……ふふ」
「ま、わかればよろしい。そろそろ寝よ、ロビン」
「ええ」
 考えを改めなければいけないと思った。
 こんな私が航路を共にすることを許してくれた仲間たちのために。
 そして、航海士さんの真心にも、もっと寄り添ってみたい。私が努めるべきことは、彼女に心配をかけまいとすることではなく、彼女の心配を甘んじて受け止めることなのだ。
 今はまだ、抱きしめてくれるあなたに身を任せることしかできない私だけれど、いつかはこの手をあなたの背中に回せるようになる日が来ればいいと思う。



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