友情メランコリック

ときに……二十世紀初期の日本の有名な文学作品で、武者小路実篤の『友情』という小説があるのを知っているだろうか。


本を読むのが好きな私は、新しく入学した高校では迷わず図書委員になった。
うちの学校は一つのクラスにつき2名の図書委員がいる。図書室での貸出当番は、基本同じクラスの二人のペアで担当することになっている。
よって1-Bに在籍する私は、当番のとき必然的に同じクラスの読書好きの男子生徒、黒子テツヤ君と共にいる機会が増えるのは当然であった。

「今月の図書委員会だよりに載っていた武者小路実篤の『友情』は読みましたか?」

同じ読書好きである私たちは当番中暇なとき、こうして本について語り合う。
私たち以外誰もいないのに、きっちり背筋を正していつでも貸出しができるようパソコンの前に座る黒子君。対して私はというと貸出しテーブルに肘をつき、だらりと姿勢を崩して黒子君の方を眺めていた。

「読んだよー……昨日の晩」
「ああ、だから今日は眠たそうなんですね」

うん、眠い……と呟いて目をこする私にどうでしたか?と質問を投げかける。
現代の小説が好きな私は今回武者小路実篤に手を出すのは初めてだった。私は昨日読んで思ったことをストレートに口にする。

「うーん……後味悪いかな」

大宮の葛藤には胸を打つようなものがあったし、作品自体はとてもよかった。けれどハッピーエンドが一番好きな、人生経験値も少ないただの高校生の私が一言感想を言うとすればこうだった。
眠気を覚ますため、外の明るい光を目に入れようと私は窓の方を見た。

「大宮は愛する人を得られたけど、それだけ。大宮と野島の間の友情は壊れたし、二人とも悲しむ結末じゃん。もっと大宮早く自分の気持ちを打ち明けろよって思ったね。こういうすれ違い好きじゃない」

しばらく外を眺めていると大分目が覚めてきた。話している相手の黒子君の方を振り返ってみると、私は少しだけびっくりした。彼はずっと私を見つめていた。

「春日さん、すれ違いが嫌いだって言っていましたよね」
「そうだね。感情のもつれが醍醐味な小説とか、登場人物たちのすれ違いの連続で読んでて辛い」

彼の視線を受け止めきれずに私は目をそらした。

「気になって武者小路実篤のことを調べてみたんだけどさ、この『友情』って小説は『実は新しき村の若い人たちが今後、結婚したり失恋したりすると思うので両方を祝したく、また力を与えたく思ってかき出した』んだって。あとその他に『仲良きことは美しき哉』『君は君 我は我なり されど仲良き』って言葉を残してるって知ってびっくりしたよ……」

目を伏せて、昨日感じたことを思い出してみる。作者は友情をよしとしているのに、この作品では友情は壊れた。ぐるぐると悲しい気持ちが心の中を満たした。

「黒子君なら友情と恋とどっちをとる?」

私は伏せた目を上げて、ずっと真剣な視線を注ぐ黒子君を見た。

「そう、ですね……僕は選べないかもしれません」
「だ、だよねっ」

黒子君の優柔不断な答えにホッとしてしまった自分がいた。だってこんな究極の選択、すぐさま選べるなんてほどどちらかを未練なく切り捨てるなんてことできるとか人間として冷たいもの。

「ですが……」

返却ボックスの隅に一冊だけ残っていた本を見つけた。一冊見落としてたらしい。私はハードカバーのそれを手に取ると、返却用のパソコンにつないであるバーコード読み取り機を持った。

「今の僕なら、恋をとるかもしれません」

私は左手に持った本を落とした。あ、これって今日私が返した武者小路実篤の『友情』じゃん。

「そうなんだ……」

そうだ、黒子君って大人しそうな人に見えるけど、実はとても意志が強い人なんだ。すぐさまどちらかを選ぶことなんて簡単なのかな。そんな風には見えないけど。つかみどころのない人。
私が悲しむ必要なんてこれっぽっちもないけど、あっさりと彼が友情を捨ててしまったように見えてしまって暗い気持ちになった。私は彼とはいい友人になりたいと思ったのに、遠まわしに拒絶されてしまったように感じた。
とり落としてしまった本を拾い上げて、私はバーコード読み取り機にかけようとした。しかし横から腕が伸びてきて、持っていた本と読み取り機を奪われた。
え?と思っているうちに奪った張本人である黒子君はピッ……と慣れた手つきで本を返却して、読み取り機をパソコンの横の元の場所に戻した。

「僕は友情や絆を大切にします」
「えっ、あ、うん……」
「それに、僕は素直です。すれ違いや誤解を生むような言動はしません。もし何かあれば事態が混乱しないようすぐに打ち明けます。だから言います」
「は、はぁ……」

『友情』を貸出テーブルの端っこに置き、彼はしっかりとした口調で話した。
でもさっき恋をとるって言ったじゃん。今の言動と矛盾してるよ。誤解を生みそうな発言だよ。
そうつっこみたかったが、彼の有無を言わせぬ雰囲気に私は相槌を打つことしかできなかった。

「……今の僕なら恋をとるというのは、春日さんとの友情より春日さんとの恋をとりたい、ということです。それなら二人とも悲しむ結末にはならないとは思いませんか?」
「……えっ――」



全然つかめないきみのこと
全然しらないうちに……


不覚にもときめいてしまった私は気づいた。
あ……友達になりたいって思ってたけど、私は本当はそれ以上を望んでいたのかもしれない。






参考:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8B%E6%83%85_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A6%E8%80%85%E5%B0%8F%E8%B7%AF%E5%AE%9F%E7%AF%A4

※管理人は武者小路実篤の『友情』を尊敬しています。






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