一生懸命な君が好き

scene1



メラメラメラメラメラメラメラメラメラメラ

「加奈子やめて。ただでさえ気温高いのにこれ以上温度をあげないで」
「無理!!」

私は黒板をキッと睨んだ。

「絶対……絶対!!」

絶対姫役を引き当てて見せるんだからぁぁぁぁぁああああああああ!!




一生懸命な君が好き




我がクラスの文化祭での出し物は劇。しかも文化祭係が運良く講堂を使える権利を獲得したおかげで、私たち1-Bはかなり文化祭に対してやる気を出していた。
私もそうだった。ただ、最初は裏方である大道具係を希望していた。数分前にとある男子生徒がとある大役を引き当てるまでは。

「あー……加藤、俺、役引いちまったんだけど」
「マジ? どれどれ……っておま、王子役じゃん! おーい、みんなー。王子役が決まったぞー!」

くじ引きの箱の前で繰り広げられた会話を聞いて私は凍りついた。王子役と描かれた白い紙を手にしていたのは……火神君。
火神君が……王子様役だと!?
それは現在進行形で絶賛彼に恋する乙女中な私を、大道具志望からお姫様役志望に変更させるに十分な理由であった。

自分がくじを引く番になった時、私は運命の箱の前に立ち、もう一度子黒板を見た。
そこに書いてある配役にはやっぱり、王子様役:火神大我
泣いても笑ってもこれでこの秋の私の運命は決まる。私は一度ゆっくりと深呼吸をして……自分の右手に全てを、託す。
お願い、私の青春をつかみ取ってくれ……!!
私は箱から選びとった一枚の紙を見た。そこに書いてある文字は、『大道具』。
泣きたかった。

「うぉぉおおおん! 私……私外しちゃったぁ〜〜!!」
「はいはい。分かったから。ドンマイ」
「くっそ……あの文化祭係の加藤め……! きっとなにか小細工を……! こしゃくな!」
「してないから。いいじゃん。どうせ最初は大道具志望だったんだから、切り替えなよ」

ギリギリと一昔前の少女漫画のライバルのようにハンカチを食いしばって私は友達に泣きついた。
ああ、火神君のお姫様になりたかったよ…… ちなみにその火神君は、劇の台本に黒子君に手伝ってもらいながらふりがなを振ってる。あー、そんな姿もかっこいい。
なんだかんだでよしよしと慰めてくれる友達に甘えていたら、ふっと彼女が前を向いた。

「あ、田中さん姫役引いたっぽいよ」
「なにィ!? 田中さんが引いただと!?」

箱の前にはお姫様役と書かれた紙きれを握る田中さん。「やったぁ私姫役! 頑張るね、加藤君」「おー! 田中よろしくな!」となんとも楽しそうに会話をしていること。

「田中さんなら仕方ないか……悔しいけど、私あきらめるよ」

友達から体を離し、私はぽつりとつぶやく。
田中さんというのはうちのクラスの中でも、いや学年でもとってもかわいい子。見た目だけじゃなくて性格もすっごく良い子でまさにお姫様の器。

「外見も内面もプリンセスにぴったりの田中さんにだったら、いいや」
「そう?」
「うん。それに……ハンカチをギリギリしてる時点で私はお姫様の器じゃないよね。王子様に釣り合わないよ。せいぜい無残に散るライバルさ……」

そう言って嬉しそうに加藤君から台本を受け取る田中さんを見つめた。




scene2




くじ引きの日から二週間後、文化祭まで残り三週間を切り、クラスはどんどん文化祭に向けて盛り上がってきた。
私は手芸部の腕を見込まれ、主に王子様とお姫様の衣装作りの仕事を頼まれた。採寸の時に火神君にちょっと触れられたり、だんだんと出来上がってくる衣装を見て「すげぇな!」と褒められたりと結構良い大道具係ライフを送っていた。
そんなとき、1-Bでは席替えをすることになった。

席替えは、前の席の人から順番に数字が振られたくじを引いていき、黒板に、引いた数字の横に自分の名前を書く、というシステムだ。
最初にくじ引いたのは、一番前の席に座っていた加藤君。「うおー! 俺、一番後ろじゃん!」と叫んでいるところを見るとどうやら一番後ろの席になったらしい。良かったね加藤君。
そんな加藤君の姿を凝視している人がいた。それは私の前の席に座っている田中さん。彼女は加藤君が黒板に名前を書き入れたのを見るや否や、その隣の番号を一心不乱に唱え始めた。

「16番16番16番16161616……!!!」

おーこれはこれは。
手を組んで一生懸命祈る田中さんを見て思わず微笑んだ。やっぱり田中さんめっちゃ可愛い。

私たちの所にくじが回ってくるころにはほとんどの席が埋まっていた。後ろの方の席も然りだ。しかし田中さんの祈りが席替えの神様に通じたのか、16番だけは埋まっていなかった。
とうとう田中さんの所までくじが回ってきた。彼女は「お願い、じゅーろくばんっ……」とぎゅっと目をつむって、くじの箱に手を入れる。
それはいつぞやの自分の姿を見ているかのようだった。可愛さは比べ物にならないけれど、その一枚の紙切れを欲す女の子の気持ちは同じだった。
田中さんはくじの箱から紙を引き抜いた。結果はどうだったんだろう……と後ろの席から観察していたが、それはすぐに分かった。彼女がとても残念そうな表情をしていたから。
どんまいだよ田中さん! 気持ちすっごくわかるよ!
すぐにでもそう言いたかったが、田中さんがくじを引いたすぐ後に席替え係は私にくじの箱を突き付けたので言えなかった。
あー、火神君の隣になりたいけどもうすでに埋まっちゃってるから無理だなー。
私は適当に紙を選びとった。



………………あ、16番だ。




scene4




くじを引いた後、私は席を立ちあがって、未だ残念そうにしている田中さんの前に行った。

「田中さん田中さん、大丈夫?」
「……あ、うん大丈夫だよ。黒板に名前書きに行かなきゃだよね」

笑顔になりきれてない笑顔を見せる田中さん。立ち上がって黒板の方へ向かおうとする彼女に私は待ったをかけた。

「え? 春日さん?」

私は田中さんが右手に持った紙を引き抜いて、その手に私が持っていた紙を握らせた。

「……私も気持ち、すっごくわかるから」

そう言って黒板の前に行って、名前を書いた。新しい席は23番。窓側前から一番目。
ついでに16番の場所に田中さんの名前も書いた。

「これでみんな決まったなー。じゃあ、席移動!」

席替え係の人が声をかけて、みんなが一斉に移動の支度を始めた。
私は元の自分の席に戻って、机の中の物を出し始めた。

「春日さん……」

16番の紙を握りしめたまま、田中さんは私にこう言った。

「本当にありがとう!」
「大丈夫だよー。ほら、席移動しなきゃだよ。加藤君と仲良くなれるといいね!」

私がそういうと、田中さんはボンっという効果音がつきそうなくらい顔を勢いよく真っ赤に染めた。
そして少しわたわたとしてから、「えぇっと、あの……」と切り出した。

「あの、何か私にできることでお礼、できないかな?」
「いいよいいよそんな。私もさ、あの文化祭の劇のくじ引きで、今回の田中さんみたいに第一希望が引けなくてすっごく残念でさぁ。それで思わずやっちゃったことだから気にしないで! 私より田中さんが16番の席になるべきだよ」

両手にいっぱい教科書とノートを抱え、にっこりと笑う。
それを見て田中さんはしばらく思案顔をして……何かいい事を思いついたかのように表情を明るくした。

「やっぱり春日さん、お姫様役やりたかったんだよね!?」
「え、ええ! 何で知ってるの?」
「私が姫役引いた時、#names1#さんの方からすっごい視線を感じたから」
「……なんかごめん」
「ううんいいの! だからさ、この16番のくじの御礼に、お姫様役春日さんに譲るよ!」

きらきらな目で即決した田中さん。

「……へ」

そのあと田中さんは新しく隣になった加藤君に話を付け、私がお姫様役をすることになったのだった。



scene5



「うーん……」
「何悩んでるんだ春日?」
「うわっ、火神君! えっと、ちょっとドレスの色を考えててね……」

教室で劇の練習をした後、クラスメイトが帰る中、私は残って色見本表とにらめっこしていた。すると帰り仕度を済ませた(今日は部活がないらしい)火神君がこちらへやってきた。

「ドレスの型紙は作ったんだけど、まだドレスの色を決めてなくて…… 田中さんだったら淡くて可愛らしい色が似合うかなぁって考えてたんだけど、私じゃあんまり似合わないなって。だから考え直してるの」
「なるほどな」

火神君はスポーツバックを床に置いて、私の横の席に座った。そして私の机の上にある色とりどりの表を覗き込んできた。ち、近い……!
ちらりとすぐ真横にある火神君の顔を盗み見る。今までにない近さに心拍数が大変ことになってきた。

「なぁ春日」
「なになに?」

彼は顔を離して、私に向き直った。離れてしまったことが少し残念だった。
彼はその力強い指で表のある色を指して言った。

「あくまで俺個人の意見なんだが、この表にある……このインディアンレッドとかはどうだ?」
「えっ、赤系? ちょっと赤はお姫様、っていうかまず私にはちょっと派手かなぁって思ったんだけど」
「お姫様には、ってのはわかんねぇけど、春日にはぜってー似合うよ。それに、インディアンレッドなら落ち着きのある色だし、薄い色と合わせればそんなに主張しすぎない感じになるんじゃねーか?」
「そう……かな?」
「おう! まぁ、デザインとか考えずに言っちまったけど……」
「ううん、全然大丈夫! 参考になったよ。ありがとう!」
「役に立ててよかったぜ。何かあればいつでも手伝うからなんでも言ってくれよ」

彼はにかっと笑った。夕陽のせいでいつもより赤く染まった教室は、赤の似合う火神君をもっと引き立たせた。
……やっぱり火神君のこと、すごく好きだなぁ。
私は彼に負けないようににっこりと笑ってみせる。

赤――火神君の色。火神君の色を身にまとって、彼だけのプリンセスになりたい。そんな気持ちが胸が苦しくなるほど込み上げた。




scene 6




講堂に設置してある電子時計を見上げてみると、その無機質な光は14:20を型どっていた。
私は火神君セレクトのインディアンレッドを基調としたドレスに身を包み、舞台裏で待機をしていた。直前のセリフ確認はした。後は1-Bの出し物に割り当てらた時間と他の役者さんを待つだけ。
ふぅ、と一度深呼吸をした。舞台では前の団体の出し物がクライマックスに突入していた。

「いよいよだな、春日」
「わっ! 火神君!」

後ろを振り向くと、特に緊張した体でもなく、普段通りの様子の火神君がいた。私が作った王子様の衣装を着ているようだ。

「やっぱりその衣装すっごく似合ってるよ火神君」
「そうか? じゃあお前の見立てが良かったってことだな」
「ありがとう」
「俺こそこんな豪華な衣装作ってくれてサンキュー」

私たちはお互いに笑いあった。いつも火神君のこと見てたから、どんな感じの衣装が似合うかってたくさん考えてた。だから着る本人がポジティブな意見を抱いてくれてうれしい。
前の団体は出し物を終え、生徒たちが急いで後片付けを行っていた。
頭の中で劇の流れを再確認していると、火神君が「あのよ……」と何かを言い淀んでいた。

「なに?」
「オレ、最初、姫役がお前になった時、今更変更か!?って驚いたけど、実は内心嬉しかった」
「……え?」

そう小さく言った火神君の顔は、舞台裏の薄暗闇でも分かるほど真っ赤だった。彼は視線を外して恥ずかしそうに頬をかきながら歯切れ悪く続けた。

「春日が、オレにドレスの色の相談した時……赤を選んだのも、もちろんお前に似合いそうな色だからってのもあったけど、赤が……俺のイメージカラーだってよく言われるから、その赤を春日にそれを着てほしかったんだ。
――大道具係だった時、いつも一生懸命衣装作りを頑張ってる春日の姿を見てすげぇなって思ってた。だから……お前が姫役をすることになって嬉しかったんだ」
「……あの、それって」

「おーい主役二人ー! もうすぐ出番だから早くスタンバれ! 火神は舞台袖右! 春日は舞台袖左! 早く! 時間ないんだよー!」
「「……」」

ぶち壊された雰囲気に黙りこむ私たち。火神君は、「じゃ、じゃあまた舞台で」と言って舞台袖右の方へ去っていた。
けれど、私は照れながらも勇気を振り絞って声をかける。

「かっ、火神君!」
「なんだ?」
「あ、あの……文化祭、終わった後、ちょっといいかな?」




……一番初めに舞台に出て、スポットライトを一身に受けている王子様は、世界で一番かっこよかった。
一生懸命な姿が素敵なのは君もだよ。







――――――――――――――――――

あとがき

企画サイト黄昏様に提出。
最近管理人の中で人気急上昇中の火神君。
いなりこんこん恋いろはというアニメを見て無性に書きたくなったお話です。すごく穴があったら突き刺さりたい気分です。自分でもこんな話書いたなんて信じられん。
あ、ちなみにインディアンレッドはページの上の方にでっかく書いてあるタイトルの色です。






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