幸せを運ぶおまじない

日直のため、私はいつもより朝早く起きた。
春日家では朝ごはん中にニュースを垂れ流している。今日はいつもとは違う時間帯にご飯を食べているため、天気予報の後、聞きなれない内容のニュースが耳に入る。

……まだまだ気温の低い日が続きます。日差しが暖かいからといって安心せず、羽織るものを持って外出してください。
……それではおは朝占いの時間でーす!

あ、こんな時間におは朝占いやってたんだ。
聞き覚えのある単語に私は反応する。なぜなら私の友人がおは朝のラッキーアイテムは鬼畜だと言っていたのを思い出したからだ。
どれほど鬼畜なのだろう。少しばかり占いに興味を持った私はテレビの中でにっこりと笑うアナウンサーのおねえさんに注意を向ける。

……あなたの今日の運勢は第12位! でも、ラッキーアイテムの『天使』を持つと運気が一気にアップ!

「いやちょっと待て天使って何」

笑顔でなんかすごいことをいってのけたおねえさんに思わず立ち上がってつっこみを入れてしまう。天使って何。
天使の置物とか天使プリントのシャツとかならともかく、『天使』とだけ言われても具体性に欠ける。何をラッキーアイテムとすればいいんですかおねえさん。 おは朝のラッキーアイテムがここまで鬼畜だとは予想していなかった。
天使を手に入れることは不可能だと判断した私はラッキーアイテムを持たずに学校へ行くことにした。



「春日さん、おはようございます」
「黒子君おはよう! 今日もかわいいねー」

職員室から日誌を取ってきて教室に戻ってしばらくして、黒子君が教室にやってきた。
彼は今日の日直のパートナー兼私の隣の席の男子生徒だ。最近仲よくなった友人で、若干影は薄いけど、とても穏やかで良い人だ。しかもかわいいめっちゃかわいい。どれくらいかわいいかというと、最近マイエンジェル認定してしまったほどかわいい。
……あれ、マイエンジェル?

「もう職員室から日誌をとってきてくれたんですね。ありがとうございます」
「どういたしまして〜」

ひらひらと手を振って、気にしないでと意思表示をしてみた。彼は男の子にしては大きなまるい目を私の手元にある日誌に向けたあと、少し申し訳なさそう目をふせた。黒子君、いつも部活で忙しそうだからこれくらい全然気にしなくていいのに。
彼は大きなスポーツバッグを机の横に置き、換気のために窓を開ける。冷たい風が教室のなかに流れ込んできた。
私は日誌を書く手を止めて話しかけた。

「あのさ、黒子君ってマイエンジェルじゃない?」
「……ええまあ。春日さんにはそう言われてますね……」

私の言葉に彼も窓を開ける手を止め、窓際からすごい冷ややかな目で私を見た。

「今日ね、学校来る前におは朝占いをみたんだけど、私の今日のラッキーアイテムが天使だったんだよねぇ。どうすればいいと思う?」
「どうすればと言われても。天使なんていませんし」

私の言わんとしてることがなんとなく分かったのか、冷ややかな目から残念そうなものを見る目へと切り替わった。でも私はめげない。私はにっこりと満面の笑みを浮かべて言った。

「黒子君! きっと君が今日の私のラッキーアイテムだろうから、今日、私のラッキーアイテムになってください!」
「遠慮します」

自分史上最高の笑顔でお願いする私に、彼は残念を通り越してむしろ軽蔑しきった目を寄越してきました。



結果を言おう。
今日の私は散々だった。

何回も階段から落ちるわお弁当のお箸忘れるわお茶こぼすわ何も無いところでこけるわ廊下を走ってたやつにぶつかられるわ散々である。流石運勢12位。泣ける。
黒子君は今朝のドン引きもののラッキーアイテム発言を特に気にせず、普段通り私に接してくれた。まぁ、私もラッキーアイテムになってと言ったって何かをしてほしいというわけでもなかったし。
本日立て続けに起こった不運に傷心しきってしまった私は授業後、すぐに帰り支度をする。
はぁ〜と長いため息をつき、書き終えた日誌をパタンと閉じた。放課後の日誌作成は暇な私に任せてもらって、黒子君には既に部活に行ってもらってるので教室に私一人。
日誌を書くのは地味に時間がかかるので、ここは私に任せてもらった。あんなに真摯に部活に取り組んでいるのだから早く練習に行ってほしいもの。

カバン片手に立ち上がると隣の机の上に化学のプリントが置いてあるのを見つけた。
……これ、明日提出のプリントじゃん。
いつもしっかり者の黒子君だが、たまにこういったドジをする。そんな所もまたかわいいのだが。

「黒子君ってバスケ部だから、今体育館だよね」

特に急いでいる訳でもない私は、体育館まで届けにいこうとプリントを手に……取ろうとして止まる。
そして前に忘れ物を届けにいった時のことを思い出す。

……バ、バスケ部ってもしかしなくてもあの、き、木吉先輩がお、おおおおられる所じゃん! 



夏のとある日、私は今日のように黒子君が忘れ物をしたのに気付き、体育館へ届けに行った。そこでとある背の高い先輩に一目惚れをしたのだ。

その日、忘れ物を届けに来た私は体育館の扉を薄く開け、中を覗く。体育館には来たものの練習に集中していて入りづらい雰囲気にどうしようとオロオロしている所に先輩は声をかけてくれたのだった。

「ん? どうしたんだ?」

若干開いた扉を不審に思ったのか、誰かが薄く開けた視界の横からにゅっと出てきた。
私に向けてくれた穏和な声と優しい笑顔に一目惚れ。背の高さも相まって、柔和で包容力ある雰囲気にノックアウト。赤い実がはじけるってこんな感じなんだと実感した。

「え、ええええと、あああああああああああの、くっ、くく黒子君を……」

恥ずかしさとテレで今すぐにでも走りたい衝動にかられたが、ない勇気をかき集めてこの場に踏みとどまる。黒子君にプリントを届けなければ!
顔に熱が集まるのがわかる。先輩の姿を直視できなくなって、自分の足元に視線を落とす。

「黒子か? 黒子ー! なんか女の子が来てるぞー!」

先輩が体育館の中で練習している黒子君に声をかける。
私は先輩を直視しないように顔をあげた。練習していた黒子君は練習を中断してこっちにやってきた。知り合いの姿を見てすこし安堵するが、それでもこのどきどきは止まりそうもない。

「くううううううううく黒子君、あっ、あの、プリント! 忘れてたよ!!」

バッと勢いよくプリントを黒子君に押し付けて、

「じゃ、じゃあ黒子君またね!! 先輩ありがとうございました!」

私は全速力で体育館から逃げるようにして去った。そして去り際に見た先輩のあっけにとられた表情にまた胸がときめいたのだった。
後日黒子君にそれとなく先日お世話になった先輩の名前を聞いてみると、木吉先輩、というのだそうだ。黒子君曰く、のほほんとしているようで意外と鋭い所があるらしい。……なにそれめっちゃかっこいい。


まぁそんな訳で、バスケ部には私の憧れの先輩がいる。
最初に体育館へ届けに行った日から、黒子君に私が知る限り二度ほど忘れ物をした。そしてそれを届けに行った私はまた木吉先輩と会った。
流石に二度目三度目では、初めて会った時よりは挙動不審度も下がったが、未だに緊張と照れで耳が赤くなる。

プリントに伸ばしかけた手をもう一度伸ばす。
うん、緊張するけど木吉先輩に会いたいし、このままじゃ黒子君困るし。体育館へレッツゴー私!
自分を奮い立たせて足を体育館へ向かわせた。


「こ、こんにちはー。黒子君、いらっしゃいますかー?」

20センチほど体育館の扉を開け、中で練習している人に邪魔にならないよう恐る恐る声をかける。マイエンジェルはいずこ……
これで黒子君へ忘れ物を届けに来るのも四回目。四回目ともなると少しは慣れてきて、恐る恐るとだけれど声をかけるくらいのことは出来るようになった。
誰かこっちに気づいてくれないかなー。一方的にアイコンタクトをしようとバスケ部員をガン見する。が、誰もこっちに気づいてくれない。
アイコンタクトに失敗した私は体育館の中に入り、今度はもう少し大きめな声で黒子君を呼ぼうとした。

「く、黒子くーん……」

すると二人の人が私に気づいてくれた。

「あれ? 君は……」

一人は木吉先輩。黒子君が実は鋭いと表すだけあり、人の気配には敏感なようだ。
もう一人は黒子君。私の呼び声にこちらをチラリと見、私の姿を確認すると……

「…………」

丁度その時彼の方に回ってきたバスケットボールを……殴った。

え?

黒子君の衝撃の行動に思わず固まってしまう。

バスケットボールって殴るものだったっけ? え? しかもボール真っ直ぐこっちに飛んできてるんですけどアレ?

私の方へ綺麗な直線を描きながら飛んでくるボール。思わぬ展開に私は動けなくなった。

「危ない!!」

木吉先輩の声が聞こえた。しかし直後、飛んできたボールが見事に私の頭にヒットし、私はそのまま床へ倒れこんだ。流石今日の運勢12位。
しかし少女漫画によくあるような、ボールが頭に当たって気絶しちゃう☆などという可愛い展開にこの私がなるわけもなく、私はあまりの痛さに体育館の床で悶絶していた。
やばい。これやばいまじ痛い。

「君、大丈夫か!?」

ぶっ倒れた私の元に一番に来てくれたのは、声から察するに木吉先輩だった。
私は頑張って声を絞り出す。

「ちょっと……痛い、です」

痛さよりも驚きで目尻からうっすら涙が溢れる。
視界がはっきりしないまま、私の背中と膝裏にするりと腕が通される感覚がした。

……ん?

太くて力強い腕が私をしっかりと抱えた。そして浮遊感。
うっすらと目を開けてみると涙で歪んだ視界の先には木吉先輩の顔が。

キィャァァアアアアアアアアアアアアア!!

心の中で悲鳴を上げた。
一瞬、頭の痛みが吹っ飛んだ。
だ、だってお姫様抱っこだよ!? 女の子の永遠の憧れ! お姫様抱っこ! 死ぬまでに一回されたかった私の夢!!
もう頭を打ったことなんてすっかり忘れてしまって木吉先輩を間近でじっと見つめる。
俺得! 黒子君ありがとうございます!! ボールが当たったのもう気にしない気にならない!

「リコー、俺この子保険室まで連れてくからちょっと抜けるな」

私を抱きかかえたまま体育館から出る先輩。
超興奮状態の私は先輩にされるがまま抱きかかえられて保険室へ行くこととなった。痛すぎて私からは何もできないというものあるけれど。
先輩に抱えられて体育館から出る際、ちらりと中に居る黒子君を見てみると……いつもより一割増し晴れやかな表情で私の方に向けてグッと親指を立てていた。

………………え? あの、まさか黒子さん……?


黒子君が私ににボールを当てた次の日、私はそのご本人様にあの後どうなったかを聞かれた。

「いやあの、いくら協力しようとしてくれたとはいえ、人にボールを思いっきり当てるのはどうかと……結果的にお姫様抱っこされたからいいけど! むしろ感謝だけど!」
「やっぱり気づいたんですね」
「そりゃあんなあからさまに親指立てられちゃね……」

口ではこう言っているが、今現在私はとても嬉しそうににやついていると思う。

「けど、ご協力ありがとう。黒子君のおかげで木吉先輩とお近づきになれました! いえい! でも他の子にはあんな乱暴なマネしちゃだめだよマイエンジェル。打ちどころが悪かったら大変なことになるんだからね」
「分かってますよ。君が朝、僕がラッキーアイテムだと言っていたのであのときとっさに思いついてしまって。本当に申し訳ないです」
「まぁ、別にもういいけどさ〜」

夏休みが終わってから昨日のことを入れずに約二回、何故真面目な彼が忘れ物をしたのかが分かった。
彼の話によると、どうやら彼は私が初めて体育館に忘れ物を届けに行ったときに私の木吉先輩への憧れに気づいたらしい。
私の気持ちを知った彼は、こっそり協力しようと怪しまれない頻度でクラスに物をわざと置いて行ったらしいなのだ。(私が忘れ物を届けに行かなかったらどうするんだと聞いたら、届けに来てくれるような人だからこそ協力しようという気になったんですと言われた。マイエンジェルなんて可愛いの大好き)
ところが、全く進展も何もない私に痺れを切らし、実力行使に出たというのだ。黒子君恐ろしい子。
しかし私を見つめる彼の表情はいつもより穏やかで優しさに満ちている。
こんな怖いことをやってのけた彼だが、恋のキューピッドまがいの行動とこの雰囲気はまるで本当に天使のよう。

「やっぱりおは朝占いってすごいんだねー。天使さんのおかげで好きな人とお近づきになれたんだから」

ありがとう。
私は黒子君にそう静かに告げて、微笑んだ。




幸せを運ぶおまじない
それは私の天使さんが運んでくれました。




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あとがき。

企画サイト黄昏様に提出。
初短編。限りなく黒子寄りすぎて提出の際、誰夢にしようかものすごく迷いました。







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