危機回避



おかしい。例の見張り当番の日以来、大魔王様が大魔王様じゃない。普通の好青年になっている。今だってほら。

「おはよう。体調に変わりはないか」

柔らかい微笑みまで携えて、穏やかな声で朝の挨拶をしてくれる。

「あ、はい…お陰さまで…」

ちょっと前までは絶対考えられなかった態度だ。何があったんだ一体。もしかして背中撫でたせいで懐かれた?はたまた曲がってた根性が矯正されたとか?いや、さすがに…いくらわたしに不思議能力があるって言っても、それはさすがにない、と思いたい。
でも、となればこの態度は彼の本心である、という可能性が出てくる。そしてその本心は明らかに悪意ではなく好意寄りのもの。そこまで思い当たり、急に気持ちがしんどくなる。まるで心臓に鉛でもぶち込まれたかのようだ。好き、なんて言われたわけでもないのに。

「すみません、失礼します…」

これ以上二人で会話するのも気まずくてそそくさと退散する。深入りされたくない。そう思って誰とでも一線引いてきた。多分、みんななんとなくわかってくれていたと思う。 目の前のこの人も、きっと。

「なまえ。少し時間をもらえないか」

って、早速踏み込んでくるんかい。それではまた、でスルーしきれたことももちろんあったけれど、何度か繰り返すとそれも効かないらしい。

「すみません、今はちょっと…」

「少しでいい。大事な話だ」

「少しだけ、なら…」

う、久々の大魔王様降臨?有無を合わさぬこの、感じ。でも冷血冷徹な大魔王様っぽくはないな。

「ありがとう。早速だが、君はこの戦争が終わったらどうするんだ。帰る場所はあるのか」

いきなり核心に触れてきたな。しかもド直球だわ。帰る場所は、ある。でもそこに帰れるかどうかは分からない。分からないから、帰りたいという願望すら抱かないように、現実を見ないようにしていた。それをわざわざ突きつけてくるなんて、やっぱりこの人は大魔王だ。

「….そんなこと、聞いてどうするんですか」

混乱した頭は一瞬で色んなことを考え、よく分からない苛立ちで脳ミソが染まる。随分冷たい声が出てきてすっと温度が下がり冷静になる。相手が怯んだ隙、とばかりに口を開く。

「関係ないことでしょう?わたしのことは、放っておいてください」

そのまま踵を返して立ち去ると、彼は追ってこなかった。多分、傷つけた。今まで見たことのないセティさんのあの表情。最低だ、わたしは。あの人はたぶん、わたしのことを心配して声をかけてくれていたのに。気にかけてくれていたのに。
こんなやり方でしか距離をとれない自分に嫌気がさして、なんだか無性に泣きたくなってしまった。





 

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