花宮真
わたしと彼には、結構な年の差がある。あえていくつだなんて言わないが、ひとつふたつではないことは確かだ。体格もいいし理知的だから、彼が年下だと疑うことすらしない人もいるかもしれない。
外面はいいから余計に、だ。初めて見た時は特別関心はなかったけれど、親戚の子が出場するバスケの応援で彼の試合を見て分かってしまった。彼はわたしと同じタイプの人間だと。
「おい、なまえ」
わたしの肩に乗っていた頭を動かすことなく声が響いた。
「起きてたの?」
「何、考えてた」
いつから起きていたのか知らないが、きっと今読んでいる本のページを一定数捲らなかったからバレたんだろう。
「別に、何も?」
そう返せば彼からの返答はなく、ただ顔をあげたことだけは分かった。そこから先のアクションはない。ということは、こちらから仕掛けて良いということだ。
「真くんなら分かってるんじゃないの?」
「うぜぇ…オマエはオレの言うことだけ聞いてればいいんだよ」
「はいはい」
適当にあしらうと後ろからべったりへばりついている彼の力が少しだけ強くなった。それでも本を読むのを止めなかったからか、肩に乗せていた顎をぐりぐりと動かしてくる。
「い、痛い!肩が抉れる…」
「まぁ、痛がるようにしてるからな」
愉悦を滲ませた声に、とりあえず読了は諦めてブックマークを挟んで本を閉じる。ちら、と顔を向ければにやりと笑っている彼と目があった。笑顔になるほど構ってほしかったなんて可愛らしい。その表情がみたくてわざと読書に勤しんだりしてみるわたしのことを、きっと彼は気付いている。気付いていながら互いが互いを試しあっている。
「真くん、」
この眼がわたしを見下さなくなるまでどれほどの時間を要しただろう。根底が同じ性質だということは本能的に感じ取ってくれたようだが、わたしと彼とでは生まれ育った環境が違う。わたしには理解者がいたし、会話が成立する人間が身近にいた。だから家族には自分と同程度の知能レベルがないと気づいた時も、少し悲しいぐらいだった。独りぼっちだと思ったことはほとんどない。その辺りの事情が、わたしと彼とでは違うのだ。そしてこの違いは花宮真という人間を形成するのに大きな影響を与えた。
「真くんは本当、可愛いなぁ。もう大好き」
「ふはっ、そんなこと言うのはオマエだけだろうよ」
そんなこと当然に決まっている。人を人とも思わないような言動をしてきた彼をここまで懐柔したのだから、この優越を他の誰かに譲ってやる気など毛頭ない。
「そうかな?まぁ真くんを一番愛してるのはわたしだろうけどね」
「オレが選ぶのもオマエだけ…って、んなこと言うわけねぇだろバァカ」
彼はわたしが何を求めているのか分かっているし、彼の言葉のどこに本心があるかもわたしには分かっている。
「好きだよ、真くん」
耳元でそう囁けば、彼は必ず返してくれる。
「オレも好きだ、なまえ…」
背筋が震えるほどとびきり甘い声で囁いて、そうしてまた互いの愛を確かめあう行為に及ぶのだ。
END
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