あなたの我が儘なんて知らないわ



「名前」

ガツンと殴られたような衝撃は、いくら実体化していなくても恐ろしい。

「ちょっと、リヴァイ。遅くなったのはわたしが悪いけど、いきなりこれは、」

ないんじゃない、と続くハズだった言葉は結局最後まで言いきれない。わたしの立っているすれすれの位置に降り下ろされた彼の脚。さっきの風は蹴りによる風圧か。

「なんだ。文句が言えた身分か?」

ぎらりと睨まれて立ち尽くす。どうしてこんなに不機嫌なの、この人は。

「そんなに怒ってるならいいよ、もう。知らなーい」

姿を消す瞬間にリヴァイの舌打ちが聞こえた気がしたけど、聞かなかった振りをする。




それからどれくらい経っただろう。困ってるようにも面白がっているようにもとれる声で呼ばれたのは。

「なぁに、ハンジ?」

「なぁに、じゃないでしょ。本当は分かってるくせに、君は酷いなぁ」

やれやれ、なんて芝居がかった仕草で頭を左右に振る。この人の言動も今一つ読めない。

「わざわざ怒られに行きたくなんてないわ」

「うーん、君の気持ちも分かるんだけどね。リヴァイは素直じゃないからなぁ、今ごろ泣いてるかも」

「まさか。もし泣いてるんならハンジが慰めてあげたらいいじゃない」

「私じゃ駄目なんだよ、名前。君じゃないと」

眼鏡越しにもわかる、瞳の奥にほんの少しだけ、寂しそうな色。他の部分はともかく、あぁ、これは本音だなと分かってしまった。
分かった以上は、誤魔化せない。

「ハンジ、ずるい」

「ごめんねー?」

ちっとも悪いとは思ってなさそうな声音で、だけどきゅっと握られた手からは色んな想いが伝わってくる。
あぁ、あの人はまた、大切な仲間を失ってしまったんだ。仲間を失うという感覚が、わたしにはよく分からない。だけど、傷ついている、心がささくれだっているんだろうなってことは想像できる。

「もう一回、リヴァイのところに行ってくる。でもね、」

繋いだ右手はそのままで、片腕だけでハンジを抱き締める。

「わたしはハンジのことも大事に想ってる」

「…うん。ありがとう、名前」

少し驚いたように目をパチパチさせていたけど、すぐに綺麗な笑みを浮かべたハンジに見送られてわたしは意識をもう一度落とした。


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