「…なまえ」
もはや聞き慣れたといっても過言ではない声が、妙に違和感のある単語を呟いた。
「やれ、ぬしはいつの間に耳まで使えぬようになった」
「いや、聞こえてますけど」
思わず眉根を寄せて目の前の人物を睨む。そこにいるのは当然、大谷さんその人なわけなのだけれど。
「いま、わたしの名前呼びましたよね、珍しいことに」
基本、わたしのことはぬし、としか呼ばないのに珍しい。これは何かある。それに気がついた大谷さんは包帯でほとんど見えないにも関わらずこちらに分かるぐらい、イヤな顔で笑った。
「ぬしは良く気のつく女子よなァ、褒美でもとらせるか?」
「ご褒美があの銀色とかいうオチならいりませんよ?」
先手必勝。どういうわけか知らないが、ここの人間…というか主に半兵衛様と大谷さんはことあるごとにあの銀色をわたしにけしかけてくる。おかげでわたしはいまだにあの銀色とは険悪だったりする。
「……」
「大谷さん?」
反応がないので不思議に思い彼の名を呼ぶものの。
いつの間にやらくるりと背を向けられていてまるっきりシカト。どういうことだオイ。
「っ!?ちょっと!どうしたんです!?」
何シカトしてんだゴルァとガンつけていたわたしの目の前で、ゆっくりゆっくりと大谷さんが倒れた。慌てて傍に行き迷わず手首を掴む。脈はある、若干早いような気はするけどとりあえず良しとする。鼻の辺りに耳を寄せれば静かに呼吸音も聞こえた。
穏やかに上下する胸にも一応耳を当てて心音と、聞こえなければいいな思いつつ肺雑音がしていないか神経を集中させる。
聴診器もないこの環境では血液が身体を循環する轟音と、心臓が脈打つ音しか聞こえないのだけれど。
「…いい加減われから離れやれ」
「大谷さん!」
顔を上げようとして阻んだのは、大谷さんの手だ。脈を測るために掴んでいたのとは逆の手で、しっかりと頭を押さえられていて動けない。
「大丈夫ですか?」
「…ぬしが案ずるようなことは何もない」
「そっか…急に倒れたからビックリしましたよ。それこそ心臓が止まるかと」
ぺたり、と張り付いたままの大谷さんの胸からは相変わらずしっかりとした心音が聞こえている。
(予測不能な死因Xの存在)
「…われもそのうちぬしに心の臓を止められるやも知れぬなァ」
その後さっさと部屋を追い払われた彼女は、そんな風に彼が一人呟いていたことなど知る由もない。
END