「ふっ…視界が歪んで見える…これも宵闇の女神が我が身に与えた試練なのか…」
鼻をすすって息を止め、ぐっと堪えてゆっくり吐き出す。情けない。なんでこんなに苦しくて辛いのか、よく分からない。多分、なまえさんに慰めてもらえたら一瞬で吹き飛んでしまうはずなのに。
ふと、ザッザッ、と物音が聞こえて反射的に顔をあげる。そこにはキョロキョロと何かを探しているなまえさんの姿が。おっかなびっくりしながら、そろりそろりと森の奥へ入っていく。確かになまえさんは強いが、見たところ武器は持ってなさそうだし、こんな夜更けに一人で行くような場所ではない。
「なまえさん?」
こちらの声に反応してパッと振り返ってくれたことにほっとする。
「探したよ、ウード」
「えっ」
「…ごめんね。泣かせちゃったかな?」
申し訳なさそうに謝ったあと、にやっと意地悪そうに笑うなまえさん。普通に会話できること、目を見て話ができることが何より嬉しい。
「こ、これは!えーと、えー…闇夜の中の静かなる調べに心の琴線が震えてだな、」
「そうなんだ?寂しくて泣いてるんじゃないの?」
「なっななっ!?なぜそれを…やはり貴女の心眼を欺くことは不可能なのか…!」
「ふふっ、まぁそういうこと。ほら、おいで」
おいで、と両手で促されるままになまえさんに近づく。あと一歩、のところで躊躇した身体になまえさんの手が触れた。
「ごめんね?ひとつのことに集中してるとちょっと周りが見えなくなるの。直さなきゃ、とは思うんだけどね…」
「あの…俺、うるさくないですか」
「え?」
「いや、あの…俺のこと、まだ嫌いになってませんか…?」
「なってないよ?嫌いになってたらわざわざ探しに来たりしないし。それにね、私はうるさくておバカさんなウードが好きなの」
優しく触れていた手がぎゅっと背中に回る。嫌われていなかった、それがはっきり分かっただけでも救われた、のに。
「え、いま、あの、なまえさん!」
「なに?」
「いま、何ていいました…?」
「ウードのこと?うるさくておバカさん。寂しくて泣いちゃうなんてバカ可愛い、とか?」
「そ、そうじゃなくて!」
「好きだよ、ウード」
真っ直ぐに目を見つめてそう言ったなまえさんは今まで一番、綺麗で輝いてみえた。
「なまえさん…!俺も、大好きです!」
あんまり見つめているとどうにかなってしまいそうで、半ば叫ぶようにそう告げて顔を見られないようになまえさんをぎゅっと抱き締めた。温かくて柔らかくて、とにかく言い様のない幸せな気持ちになる。
「ふふ、さて、そろそろ帰らないと野次馬が来るよ?残念だけど続きはお預けだね」
「続き、ですか?」
何のことだろう、と首を傾げるもなまえさんは妖しく笑っただけで答えはなかった。
あとでこっそり軍師さんに相談して「ノロケなら余所でやれ!」と珍しく怒られるのだが、それはまた別の話としておこう。
END