「やっぱり、なまえお姉ちゃんだ」
戦場に現れた一人の少女は、懐かしむようにそう言った。
「……」
頭の奥でチカチカと眩い光が弾ける。私はその声を知っている。なまえお姉ちゃん、と呼ぶ幼い少女を知っている。彼女は、大好きだったあの人と同じ、竜人族。
「知らない…私は、知らない…!」
「嘘。なまえお姉ちゃん、嘘をつくとき瞬きする癖、変わらないのね」
ふわりと笑う彼女の雰囲気が、捨て去った筈の感情を刺激する。戻れない、戻らないと決めたはずなのに。
「うるさい!」
世界の終わりを望んだ私が、こんな言葉一つで揺らいでいいわけない。構え直した銀の剣を突きつけるも、彼女はいまだ人形を保っている。
「っ!?」
過去を断ち切るよう振り下ろした刃は、予想より遥かに強固な手応えで受け止められた。
「可愛いお姉さん、もう止めよう?」
「あなた…!また、邪魔をするの!?」
剣撃を受け止めたのは、いつかの戦いでも剣を交えた相手だった。右目に聖痕を受け継ぐもの。私の、敵。
「嬉しいなぁ。僕のこと、覚えててくれたんだ」
ここは戦場だというのに、彼はにこにこと笑っている。それがどこか恐ろしい。
「ねぇ、君はもう分かってるはずだよ。こんなこと、本当は間違ってるって」
「いい加減なこと言わないで!私はっ…!」
「もうすぐギムレーは倒される。君はどうするつもりなの?」
どうするかなんて、考えたことがなかった。ギムレー様の望む世界が訪れた時が、私の最期。世界とともに滅びるのだとばかり思っていた。ああ、あるいはそれまでに倒れているものだと。
「なまえお姉ちゃん。たとえ元通りにはならなくても、何もかも諦めなくてもいいんじゃないかしら。あなただけじゃない、ここには色んな生き方をしてきた人がたくさんいるわ」
「でもっ!」
私はもう傷付きたくない。大切な誰かを失って、その原因を恨むようなことはしたくない。人を嫌うことは、嫌い続けることはものすごく疲れるから。でも、私はこれからどうしたらいいの?
「あーもう!はい!」
「っ!?花…?」
しばらく黙っていたかと思えば、私と対峙していた彼はいきなり声をあげて私の手から乱暴に剣を取り上げ、変わりに花を握らせた。
「うん、やっぱり剣よりこっちの方が似合ってる」
にこやかに笑う彼は私が花を手離さないようにするためかぎゅっと手を握っている。その手のひらの温もりと、ほんのりと甘い花の香りに勇気付けられる。
「…まだ間に合う?私…この、世界で生きていたい…!」
「もちろんだよ!」
手を引かれて歩く先で、すべての人々が快く受け入れてくれるわけではないと思う。それでも、私は私の意志でその世界へ踏み出すことを決意した。
END
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