(桃井さんによる黒子stk)
「さつきちゃん、いつも何の音楽聴いてるの?」
クラスメイトである少女が柔らかいボブカットを揺らしながら首をかしげたのを見て、桃井もまた「どうして?」と同じように尋ねた。
「だって、耳にイヤホンしてるときずっとにこにこしてるんだもん。だからそんなにいい曲なのかなあと思って」
なんとも無邪気に、笑顔で話す彼女はきっと、好きなアイドルの曲でも聴いてニヤついているのだと思っているに違いない。そう考えると腹の底から笑いがこみあげてきて、腹筋がよじれそうになるのを我慢しながら、声が震えてしまわないように平静を取り繕って答える。
「曲ってゆうか、ラジオだよ。今しゃべってることが面白かったから、顔に出ちゃったんだね。きっと」
「そっかあ、ラジオ聴いてたんだ。さつきちゃん情報通だもんね!」
「えへ、まあね」
じゃあ私はここで、と少女は桃井に手を振って別れた。後ろ姿が見えなくなるまで念入りに見送って、やっと一息つく。追及があっさりしていて良かった。あのまま引き下がってくれなければどうしようかと思っていたのだ。それまで小さくしていたボリュームを、桃井はゆっくりと上げていく。イヤホンから軽快な少年たちの話声が漏れ始めた。片方は心地よいけど、もう片方は耳障りだ。その心地よい方だけに集中して、うっとりと目を閉じる。
『今日の練習もハードでしたね』
『そだな。腹減ったしマジバでも寄ってくか?』
『ですね』
うらやましい。いっそ乱入してやろうか、と≪生放送≫を聴きながら鞄の取っ手を握る手に力が入る。桃井がその欲求を殺しているうちに二人は店の中に入っていたようで、雑音が多くなり会話が聞こえづらくなっていた。仕方なくスイッチを切り、イヤホンを耳から外す。大好きな声が聴こえないのは残念だが、ここはいったん諦めるとしよう。
「今日もテツくんが元気そうで良かった!」
日課としている≪番組≫を今日も今日とてばっちり静聴した桃井は、夜も楽しみ、と一人ごちて軽い足取りで家路を急ぐのだった。