私に少しだけやさしい世界(hq/赤葦)


 ポストに投げ込まれた年賀状の束を引っ張り出すのは、私の新年一発目の仕事である。毎年恒例になってしまった今では引っ込みがつかず、身体の芯まで凍るような気温の中、今日も今日とて私はポストを覗き込んでいる。
 その束は例年に比べてかなり少ない。受験生である私の分がないせいだ。
 受験、しかもセンター前のこの大事な時期に暢気に年賀状など書く余裕はない。そんな暇があったら英単語のひとつでも覚えなければならないのだ。
 でも、年賀状がないってのも少し寂しいかも。手に取った束をぱらぱらとめくっていると、突然頭上から「あ、」という音が降ってきた。つられるように面を上げた私は、すぐ目の前で硬直している見慣れた顔を見つけた。

「・・・・・・あ、赤葦君だ」
「お、はようございます」

 はやいんですね。彼らしからぬもにょもにょとした声でそう呟いた赤葦君は、私の手の中の年賀状に目を落として、何故か少し焦った顔をした。どうしたんだろう。試合中でも冷静沈着な赤葦君にしては珍しい。
 その表情についてツッコミを入れるべきか迷ったけれど、何だかさらに焦らせてしまう気がしたので、気付かなかった態でにこりと笑いかけた。

「おはよう。なんか久しぶりだね」
「そうですね」
「近所なのにあんまり会わないもんねぇ」
「そうですね」

 そうですねしか言えないのか赤葦京治。

 やっぱり今日の赤葦君は少し変だ。私はとりあえず一歩彼に近づいて、斜め上にあるその顔を覗きこむ。すると赤葦君は困ったように目を泳がせる。これはいよいよおかしいと判断した私は、「ねぇ赤葦君」

「はい」
「何か私に言いたいことがあるんじゃない?」
「エッ、いや、ないですけど」
「(いま声裏返ったけど・・・・・・)そ、そう?」

 困った。何かあるのは分かったけれど、彼はどうやら口を割る気はないらしい。何かあると言うことは、ここを通りがかったのも偶然ではないのだろう。そういえば赤葦君はさっきから頑なに右手を背中へ隠している。この手を捕まえれば彼の異変の原因が分かるかもしれない。
 でもなぁ。私はちらりと赤葦君を見る。すっきりした目元が、いつもよりへにゃりとしている。バレー部員ではない私は、赤葦君の直属の先輩ではないが、私にとって赤葦君が可愛い後輩であることには変わりはないわけで、そう考えると珍しくこんなに必死になっている赤葦君の邪魔をするのもかわいそうな気がした。

「ええと・・・・・・じ、じゃあ私は家にもど、」
「ッ、うそ、です」
「え?」
「今の、嘘です。すみません」
「エッ、いや、いいけど・・・・・・」

 くるりと背中を向けようとしたところを、しっかりと掴まってしまった。私の目の前には家のドアではなく、依然として困ったような顔の赤葦君だ。その顔をしたいのは私だよ、と言いたいのをぐっと堪え、私は改めて赤葦君の顔を見つめて彼の出方を待った。

「・・・・・・あの」
「はい」
「先輩、今年は年賀状出せないって言ってましたよね」
「うん、言ったけど・・・・・・」
「でも俺、先輩に出そうと思って・・・・・・」

 いつになくふわふわとまとまらないことを口にした赤葦君は、背中に封印されし右手を私の前に突き出す。その手には見覚えのある綺麗な字で私の宛名が書かれた年賀状があった。
 それで、あの、内容考えてたら間に合わなくて、直接ポストに入れようかと思ってたんですけど。せっかく会えたし直接渡そうと思って。少し赤くなった赤葦君が、一生懸命にしゃべる。その様子が何だかかわいらしくて、私の胸がきゅう、とする。

「・・・・・・おれが、逃げる時間を下さい」

 と思ったらよく分からないことを言われた。

「・・・・・・は?」
「俺が離脱してからひっくり返して、読んでください。いいですね」
「え、これ何かあるの?」
「ただの年賀状です。でも絶対に、俺が走り去ってからですよ。それまで読まないでくださいよ」
「ぜったいただの年賀状じゃないじゃん!――――って赤葦君!?」

 言うが早いか、赤葦君は私に背中を向けて駆け出してしまった。運動部の瞬発力に敵うわけもなく、彼を引き止めようとした私の手は虚しく空を切る。は、はやい。
 彼を追いかけることも考えたけれど、年賀状の内容が気になるのも事実だ。私はひとつ息を吐いて、年賀状をひっくり、かえす。

 ――――瞬間、私は赤葦君のあとを追って駆け出した。

「ッ、あ、あかあしくん!!」

 あけましておめでとうございます。受験頑張ってください。好きです。卒業式に返事をください。
 宛名とは違ってどこか不安そうな細いマジックの文字が、羊の絵の下に連なっていた。


私に少しだけやさしい世界


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