失えないのは僕のほうだ(op/ロー)


「せんちょー」
「あ?・・・・・・なんだ、お前か」

 ぼそりと吐き出された言葉に私は相好を崩す。それを見た船長は不機嫌そうに眉を寄せたけれど、部屋に入れてくれるんだから、そうとう許されているなぁと思う。船長の机の上には血みたいに赤いワインが注がれたグラスに、難しそうな医学書。

「せんちょう、もう年が明けましたよ。あけましておめでとうごさいます」
「ああ」
「船長はこんなときまで医学書ですか。わたしはさみしいです」
「・・・・・・他の奴らは」
「無視ですか。シャチとかは甲板で花火してますよ」
「お前はそっちにいかなくていいのか」
「面白いことを言いますね。船長が行かないなら私もここにお邪魔します」
「・・・・・・好きにしろ」

 はぁい、と呟いて私は船長のベッドに腰かける。船長はちらりとこちらを見たけれど、すぐに医学書へと視線を戻してしまった。船長の細くて長い指が華奢なワイングラスを弄ぶたび、中の赤がゆらゆら揺れる。

「・・・・・・せんちょう」
「なんだ」
「私が拾われてからちょうど一年経ちますねぇ」
「そうだな」
「・・・・・・あっという間でした」

 一年前の元旦、私は自分の世界からこちらの世界に『渡って』しまった。気付いたときには板切れにしがみついて海を漂っていたのだ。運よく海面に出ていたこの潜水艇が私を見つけてくれていなかったら、どうなっていたことだろう。
 なんとなく、あちらの世界には帰れない気がしている。この一年なんの兆しも見えなかったのだ。未練がないわけじゃないけれど、それ以上にこちらの世界は興味深くて、離れがたい。だからこれでいいと思っている。
 私がそんなことを考えていると、急に目の前に影が差した。顔を持ち上げれば、そこには我が船長のご尊顔。

「せ、せんちょ」
「・・・・・・帰りてェのか」
「え?」
「言っとくが、俺は自分の物を奪われんのは嫌いだ」
「・・・・・・は、はい」

 でしょうね。相槌を飲み込んでこくりと頷けば、船長が私の隣に勢いよく腰を下ろし、そのまま後ろへ倒れ込んだ。私の肩を掴みながら。えええ。当然私も一緒になってベッドへ倒れ込む。船長の安眠のためにしつらえた高級ベッドはスプリングもさすが優秀で、軋みの音のひとつも立てなかった。しかし私の頭は混乱を極める。船長の長い腕が私の身体に巻き付いてきたせいである。

「こ、これはどういうことですかせんちょう」
「うるせェ。黙ってろ」
「アイアイキャプテン」
「・・・・・・今日一日、この部屋から出るんじゃねェぞ」
「エッ!?」
「ここにいるってさっき言ってただろ。文句あんのか」
「ないです、けど、でもあの、この体勢」
「・・・・・・寝ろ」
「アッ痛い!いたいです船長!無理やり目を瞑らせないでアイタタタタ」
「絶対、いなくなるんじゃねェぞ」

 消えやがったら承知しねェ。
 低く囁かれた言葉にびくりと震えた私は、これは大人しく寝た方が吉とばかりに大人しく目を閉じた。

「聞いてんのか」
「・・・・・・寝ろって言ったの、船長でしょう」
「うるせェな」
「アイタタタタ」


失えないのは僕のほうだ


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