アイノウ(wtr/迅)


 うすぼんやりとした灯りに照らされた背中。それが誰のものかすぐに分かったのは、きっと私がそうであればいいと思ったからだった。

「迅さん?」
「あ、やっぱり君か」

 ほとんど零しただけの音に、首だけ振り返った迅さんがゆるりと笑う。その手にはもう湯気を立てないマグカップがある。ちらりと見えた中身は空になっていた。

「やっぱりって、サイドエフェクトですか?」
「んー、いや、俺がそうだといいなって思っただけ」
「・・・・・・そう、ですか」

 どくりと心臓が跳ねる。ひそやかな声はやさしくて、どこか甘くて、まるで迅さんの声じゃないみたいだった。それでも目を細めて私を見遣る目の前の人は、間違いなく迅さんなのだ。私はそっとソファーのほうにまわって、彼の隣、すこしスペースを開けて座る。
 かちかち、時計が音を立てる。ああもう年が明けて二時間も経ったのか。
 今日本部に泊まるのは、身寄りのない私と迅さんだけだ。いつもは少数ながら人がいる玉狛も、二人きりだとひどく静かで仕方ない。でも、嫌な静けさではなくて。これが、私たちが玉狛に来てから毎年繰り返される、お正月の夜更けだった。

「そういえば、」
「ん?」
「あけましておめでとうございます」
「ああ。あけましておめでと」

 今年もよろしく、な。伸びてきた手が私の髪をするりと撫ぜた。私のお父さんを振るう手は、その娘であった私に対して、泣きたくなるほどに優しい。それが嬉しいと感じる私は、馬鹿なのだろう。
 いっそ私じゃなければよかったのかな。それでも、今のこの位置が別の人間に変わることは耐えられないなと思った。いっそ清々しいほど、私はわがままなのだ。

「ねぇ、迅さん」
「なーに」
「・・・・・・まだ私のこと、見放さないでくださいね」

 迅さんは、泣きそうな顔をした。

「馬鹿だな。そんな未来なんて、」

 視なくても来ないって分かるよ。
 私たちは黒トリガーという楔で繋がれた同士。離れることはできない。ただ、迅さんがそれを手放したその瞬間、私たちはどうなるのだろう。私にサイドエフェクトはないけれど、迅さんがいつか黒トリガーを手放すときがくることぐらい、ちゃあんと、分かっているのだ。

「・・・・・・うそつき、」

 迅さんに聞こえないように、くちのなかで音を転がした。
 そのとき、きっと迅さんは私を遠ざけるだろう。その予感だけが、私の胸を塞いでいく。


アイノウ


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