004


「いやあ、朱理大先生の予想的中!ってカンジだな」
「もう・・・・・・ほんとうに心臓に悪いからやめてね・・・・・・」

 一時間目を抜け出した私たちは、鍵のかかっていない空き教室で向かい合った。
 未だにうるさい心臓を何とか宥めすかし、私は息を吐く。にやにやと笑いながらこちらを覗き込んでくる松野君は、どうやら私の仮定、――――『ループ関係者は死亡していない場合に限り、記憶が引き継がれる』を見事証明してくれたらしい。
 本当に良かった。これで松野君の記憶がなければ一から考え直しだし、そもそも彼の記憶があることによって、出来ることは随分と多くなったのだ。その出来ることの中には、すでに彼に頼んでいたものも含まれている。

「それで、どうだった?」
「もうバッチリ。大変だったんだからな?朝は母さん台所に付きっきりだからさあ〜」
「どこに捨てたの?」
「フツーにゴミ捨て場。一応黒いビニールに包んでさ、弟たちの目ェ盗んでポイって」
「ばれてない、よね?」
「たぶんね。今頃母さんめちゃくちゃビビってるかもな。――――なんせ、フグがなくなってんだからさ」

 松野君が肩を竦めて私を見遣る。その目は共犯者めいた輝きに満ちていて、うっかりどきりとしてしまった。
 私が松野君に頼んだのは、目が覚めて記憶があったら、朝のうちにフグを捨ててしまうということだった。松野君は弟さんたちにフグを諦めさせるのは難しいと言っていた。フグ鍋を出した時点でスリーアウトチェンジ。なら、最初からフグをなくしてしまうしかないと考えたのだ。
 フグが原因なら、フグを捨ててしまえばいい、――――至極単純で、確実な方法。でもこれは私一人じゃ無理だ。この日の放課後に松野君を説得しても駄目。この方法を取るには彼が、松野君が、記憶を持ったままループを行う必要があった。
 そして私の目論見は見事成功し、松野君はフグを捨てることに成功した、というわけだ。
 よかった、と胸を撫で下ろすと同時、私はふと、彼の言葉のおかしな点に気付いてしまった。

「・・・・・・待って、松野君」
「あ?なに?」
「さっき、お母さんが・・・・・・ビビってるかもって」
「言ったけど?それがどうかした?」
「お母さんは、記憶がないの?だって前の周でご両親は助かってた、んだよね?」
「あー・・・・・・そういやそうだよな?俺が記憶あるなら松代もないとおかしいんだよな〜」
「・・・・・・」

 考えられるのは、ループの範囲が松野家ではなく、松野家の六つ子だったという可能性だ。でも、六人全員ではないという可能性がまだ消えたわけじゃない、――――今の言葉でそれを思い知らされた。

「まあでも、これでとりあえずは安心なんだろ?」
「え・・・・・・あ、たぶん。でも、」
「でも?」
「松野君、タイムリープものの小説とかゲームとか、映画とか・・・・・・見たことある?」
「ゲームならあるけど」
「タイムリープものだとさ、ある事象の原因を取り除いても、世界の強制力が働いて、結局別のルートを辿ってその事象は起こる、――――っていうのが定石じゃない?」
「ごめん俺馬鹿だからもうちょい分かりやすく言ってくんね?」
「えっ、ごめん」
「そこで謝られると傷つくわあ〜」

 へら、と笑った松野君は、全然傷ついたようには見えない。私は少し考えてから、先ほどの内容を噛み砕いて話す。

「ええと、だから・・・・・・今回のことを例にすると、フグを捨てたとしても、別の原因が出来て命が危なくなるかもってこと!」
「は〜、なるほどね。あんまり考えたくねーけど、確かに有り得そう」
「だから気は抜かないでほしいの。フグとは違って何が起きるかは分からないし・・・・・・」
「ん、分かった。とりあえず今日は気をつけてればいーんだろ?」
「うん。よろしくね」

 とりあえず分かってもらえたようで良かった。私は手元のノートに『世界の強制力が働く可能性がある』と記した。そういえばタイムリープが起こると、何もかもが二日前の状態に戻ってしまうのに、どうしてこのノートは前周の私の文字が残っているのだろう。

「・・・・・・朱理ちゃんさあ、そのノート持って寝たりした?」
「え?ええと・・・・・・たぶん書いててそのまま寝ちゃってたから、手とか顔が当たってたかも・・・・・・」
「そのせいじゃねえ?朱理ちゃんが触った状態でループしたものは、前周の状態を引き継ぐ、――――どう?」

 ぴんと立てられた人差し指の向こうで、松野君が得意げに口元を吊り上げる。確かにその可能性は高そうだ。これは検討の余地があるかもしれない。私は今一度ぱらぱらとループノートを捲り、二周目の自分が書いた文字を眺める。そしてそのすぐ下に、『私がタイムリープ時に触っていたものは、私と一緒にループをする?』と書き足した。
 松野君はそれをじっと覗き込んでいたけれど、私がシャープペンシルを置くと、急に立ち上がって「なあ、」

「朱理ちゃんって俺の弟たちに会ったことないんだっけ?」
「え?あ、うん・・・・・・もちろん見かけたことはあるけど、一年生のときも誰とも同じクラスにならなかったから、松野君たちには会ったことがない、ってことになるかな」
「てことは、松野の六つ子で友達は俺だけ?」
「うん、松野君だけ」
「なるほどねえ。あー、あと・・・・・・あのさあ、その松野君ってのやめねえ?」
「え、」

 がり、と首の後ろを掻いた松野君が首を傾けながら眉をしかめる。松野君ってのを止めるというのはどういう意味だろう。松野君は松野君以外の何者でもないはずだけど。
 私がハテナマークを飛ばしていると、松野君は小さくため息をついた。

「六人全員『松野君』じゃ困るだろ?ほら、リピートアフターミー!おそ松君!」
「お、おそ松君・・・・・・」
「よし!」

 ひどく満足げに笑った松野君は、そのまま私の手を取る。あたたかい大きな手のひらに心臓が跳ねて、どきどきして、私は胸が塞がるような心地にそっと息をついた。

「じゃあついでに弟たちにも会いに行こうぜ。長い付き合いになるかもしんねーし!」




「なるほど、つまりガールはおそ松のビューティフルフレンド・・・・・・」
「ビューティフル必要ですか?」
「まー、もともとこういう奴だから気にしないで」

 松野カラ松君。演劇部だという彼は、少々芝居がかった言い回しが特徴的だ。眉が凛々しいだろお〜?と言われてなるほど確かに、と脳に彼の特徴をインプットする。ちらりとおそ松君と見比べてみたけれど、確かに顔の造形はよく似ている。おそ松君は見分けがつくけど、これで他の子も同じぐらい似ているなら、彼ら同士の見分けがつかないかもしれない。

「しかしどうしたんだおそ松。付き合っているわけではないんだろう?俺に紹介したいって・・・・・・」
「あー、まあ、なんか世話になるかもしんないじゃん?あと朱理ちゃんがお前らと喋ったことねーって言うからさあ、いちおう紹介しとこーと思って」
「・・・・・・なるほどな」

 ではよろしく、ガール。するりと差し伸べられた手を控えめに握って、にっこりと微笑んだ彼を真っ直ぐ見つめる。どうしてか、私の心臓は静かなままだった。



「こいつがクソチェリーのシコ松な」
「いやいやいや!!女の子に何言ってんだこのクソ長男!!!」
「クソチェリー・・・・・・」
「復唱しなくていいから!!!チョロ松です!!!」
「チョロ松君」

 松野チョロ松君。わたわたと手を動かしている彼の顔は真っ赤だ。目が割と三白眼で、カラ松君よりも大人しそうな印象。その割に口がけっこう悪い。クソチェリーの情報は彼の沽券に関わるだろうから忘れてあげることにした。やっぱり顔はそっくりで、カラ松君と並ばれたら見分けがつかないんだろうなあ、なんて思ってしまう。

「まあこれでチョロ松はいいか。じゃあ次行くぞー」
「はあ!?結局何だったんだよ!?」
「あはは・・・・・・」



「・・・・・・なに」
「これが闇松」
「あのねおそ松君、本名で教えてくれないと覚えられないんだけど・・・・・・」
「ええ〜?」
「・・・・・・一松だけど」
「一松君かあ。よろしくね」

 松野一松君。目は眠たげな半目、チョロ松君の後だからか、余計に髪がぼさぼさに見えてしまう。顔を覗きこめば、彼は制服の下に着ていたパーカーのフードを被ってしまったので、人見知りなのかもしれない。マスクをしているので分かりづらいけれど、やっぱり顔は二人とそっくりだった。

「で、結局何しに来たわけ?」
「俺の可愛い隣人をお前らにも紹介しとこうと思って」
「ウザ」

 じろりとおそ松君を睨んだ一松君は、早く行けとでもいうふうにひらひらと手を振ってみせた。



「こいつが十四松な」
「なになになに!?なんすか!?おそ松にーさんの彼女っすか!?」
「そーそー、可愛いだろ?」
「嘘だからね!?」

 松野十四松君。この人は割と分かりやすいかもしれない。ものすごく元気で、目の焦点がたまに合わないかんじ。何故か野球のユニホームを着ているのが気になるけれど。ぱかりと開いた口は常に笑みを湛えている。でも、やっぱり顔は似てるんだよなあ。

「おそ松にーさんの彼女の朱理ちゃんで覚えてね」
「ウィッス!!」
「違うからね!?」

 ああ、顔が熱い。



「トド松はいいか」
「いや良くないよね!?なに!?なんなの!?」


ざらめの睫毛

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