小説 | ナノ






        おすわり



  
最近、変な犬にやたら懐かれている。

「先輩!おはようございます!!」
「おはよう。そして永遠におやすみ。」
「ちょ、待って!シャーペンは人を刺すためのモノじゃないっすよ!?」

朝っぱらからわざわざ棟の違う私の教室にやって来た彼、島左近君に優しく微笑みかけた。お気に入りのシャーペンが、手の中でギシギシと嫌な音を立てている。机を離れて左近君に近寄ると、彼は顔を引き攣らせつつも、目の輝きを増した。

「毎日毎日ご苦労様。今楽にしてあげる。」
「いやああああああああ!!!でもそんな先輩も素敵!」
「うぜえ。」

何なのこの子。馬鹿なの死ぬの?
あ、今全力で左右に振れてる尻尾が見えた。一瞬だけど。

「先輩、今日一緒に帰りましょうよ!」

こちらの近寄るなオーラを気にしてないのか気付いてないのか、満面の笑みの左近君。もはや溜息も出ない。

「私、駄犬と散歩する趣味はないの。悪いけど飼い主である三成の元へ帰ってくれる?つーか帰れ。生徒会の仕事して来い。」

右手中指を立てそうになるのを必死に耐えながらそう言い放った。だがそんなセリフは、彼にはご褒美にしかならないらしい。なんでニヤけてんだ気持ち悪い。

「少しくらいサボったってバレないっすよ!あ、じゃあ昼!昼飯一緒に」
「却下。」
「夜を一緒に過ご」
「還れ。」
「冗談っすよ!半分!」
「あ、すごい殺意湧いた。」

からからと屈託のない笑顔を見せられても、今は私が殺人を犯す引き金の一部でしかない。
…やむを得ない。最後の手札を使おう。
ポケットから携帯を取り出し、発信ボタンを押す。その人物はツーコールで出た。相変わらずの迅速対応だ。

「もしもし、三成?」
「えっ!?ちょ、せせせ先輩っ!?」
「お宅の犬が仕事サボってフラフラしてたから捕獲した。早急に引き取りに来て。…ん、よろしく。」
「マジっすか…?」

冷や汗をかいている駄犬に通話終了の画面を見せると、どんどん顔が青ざめていった。

飼い主が引き取りに来るまで、あと三秒。



おすわり
(待て。)