純白の想い 最悪だ。よりによって、どうして今日なんだろう。 重たい溜息が、静かな部屋に反響するかのような錯覚さえした。 街は色めき立つ、恋人たちのクリスマス。加えて今年はホワイトクリスマスときたものだから、さぞかし盛り上がっていることだろう。 勿論私も、大好きな彼と食事をして、 ベタにイルミネーションを見てと、淡い妄想をしてはいたのだが。 「なんでタイミング悪く熱出るかな…。」 一週間ほど前から体調の悪さは自覚していた。けれどまさか、こんな大切な日に熱が出るとは思わなかった。ついてないなんてレベルじゃない。 今朝のうちに事情を伝えて、今日は会えないと彼に謝罪のメールをしておいたけれど、外が薄暗くなってきた今も、まだ返信はない。 もっとちゃんとご飯食べていればよかった。もっと着込んで出掛ければよかった。マスクをして仕事をしていればよかった。日付が変わる前に寝ていればよかった。そしたら、今頃は彼と手を繋いで、きらきらと眩しい街を歩いていたはずなのに。 ふと彼の笑顔が頭に浮かんだ。同時に、もうどのくらい会っていないんだろうと思考を巡らせながら、机の上に置いてあるカレンダーに目をやる。最後に会った日からもうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。目の前が真っ暗になるような感覚。覚えず溢れ出した涙が、枕を冷たく濡らしていく。不安と恋しさが頭の中でごちゃごちゃに混ざりあう。 会いたい。 ただ、今はそれを望むばかり。 ピンポン、という無機質な音で、は、と我に返った。宅急便だろうか。クリスマスにまでご苦労様だなぁ、なんてぼんやりと考えながら、袖で涙を拭う。鉛のように重たい身体を引きずって玄関へと向かった。 「…はい、どちら様でしょうか?」 「おーれーさーまー」 その声に、一時思考が停止した。まさか、と勢い良くドアを開くと、目に飛び込んできた暖かい橙色。 「さ、佐助…っ?」 「あはー、驚いた?」 へらっと笑うその人は、私が今まさに恋い焦がれていた人物。 「え、え?なんで?メールみた?」 「みたよ。けど心配になっちゃってね。上がるよー?」 「だ、だめだめ!風邪うつっちゃうから!」 「ちょ、」 慌てて扉を閉めようとするが、佐助に片手でそれを制される。力で敵うはずもなく、やや強引に佐助は扉をこじ開けて、少し不機嫌そうな顔をしながら小さな溜め息を吐いた。 「……あのさ、察してよ。俺様はさ、会いたかったの。クリスマスくらい俺様のワガママ聞いて?」 ね?と首を傾げられれば、もうそれ以上何も言えなくなる。俯く私の頭をぽん、と撫でてから、佐助はお邪魔しまーすなんて言いながら玄関を上がった。 「色々買ってきたから、何か作ろうか。お粥でいい?」 「え、悪いな、なんか。」 「今日の雅ちゃんに拒否権はないから!俺様の言うことに従うこと。はい、まずは俺様がお粥作るまで、ベッドで横になってて!命令!」 「うわっ、」 ぼふっ、とベッドに身体を押さえつけられたかと思えば、間髪入れずに毛布を被せられた。なんて早技だろう。 「今日一日ちゃんと寝てたの?」 まるで自分の家かのように戸棚から必要な器材を取り出しながら佐助が口を開く。 「寝てましたよ。」 「嘘。どうせ俺様に会いたくて眠れなかったんだろ?」 食材を切る音に紛れて、くすくすと可笑しそうに笑う声が聞こえた。頬が風邪とは違う熱を持つ。佐助に嘘は通用しない。けれど、図星を突かれたことを肯定するのもなんだか悔しいから、黙っておくことにした。 食欲をそそる匂いが部屋に立ち込め始める。ぐう、と空腹を訴えるお腹に苦笑して、そういえば昨日からろくに食べてないことに気付いた。 「…佐助、お腹空いた。」 「はいはい、もう少し待っててね。」 まるで母親のような返答に、思わず吹き出すと、なんか面白かった?と不思議そうな顔をする佐助。それにまた笑いが込み上げる。 「佐助、お母さんみたいだね。」 「ちょっと、なにそれ。全然嬉しくないんだけど。」 湯気の立つお粥をテーブルに置きながら、佐助が口を尖らせた。そんな顔も可愛いなぁ、なんて密かに胸を高鳴らせる。 「だって、こんなに料理上手だし、家事も全般できるんでしょ?心配性なところとかも、本当お母さんみたいだよ。」 私より女子力高いんだから、なんて言いながら手を合わせる。早速お粥をいただこうとれんげを持とうとすると、ふいに隣から伸びてきた手にごく自然な動きでそれを奪われた。 「はい、あーん。」 「へ?」 「雅ちゃんがそこまで言うなら、今日は俺様、とことん雅ちゃんのお母さんやってあげますよ。ほら、口開けて。」 「え、いや、ちょっとっ…!」 いきなりそんなこと言われて、素直に「あーん。」なんて出来るはずない。恥ずかしすぎてそれこそ倒れる。軽くパニックになる私を気にも留めず、ぐいぐいと迫ってくる佐助。目が本気だ。 「さ、すけ!ちょ、待って待って!」 「なあに?不満?」 「ふ、不満とかじゃなくて!自分で食べるから!!」 「だめ。これも命令。」 「え、で、でも…、」 驚きと困惑で、いよいよ頭の中は容量不足だ。一体どうしたんだろう。こんな佐助、今まで見たことない。 「…ねえ、なんで今日、会えないってメールしたの?なんで熱出て俺様に頼ってこないの?雅ちゃんのためならお母さんの代わりだってなんだってやるのに。」 まっすぐ私だけを映す目が、切なげに揺れたように見えた。ぽす、と私の右肩に頭を置いて、短く息を吐く佐助。時計の針の音がやけに大きく聞こえる。 「…俺様、頼りない?」 ぽつりと呟かれた言葉に、胸が詰まって何も言葉が出てこない。代わりに大きく首を横に振ると、ようやく佐助が顔を上げた。 「少しショックだったんだ、雅ちゃんからのメール読んだ時。雅ちゃんにとって、俺様ってどんな存在なんだろうって。辛いときくらい、言ってくれればいいのに。」 「さ、すけ…、」 知らなかった。そんな風に思っていただなんて。いつだって私は、自分のことで精一杯だったんだ。佐助に迷惑をかけないように、そんなのはただの自己満足で。お互いに本音を言えない関係なんて、そんな悲しいことないのに。 「……ごめんなさい…、」 堪えきれずに溢れた涙が零れるよりも早く、ぎゅ、と力強く抱きしめられた。 「……俺様さ、きっと、雅ちゃんが思ってるよりも、雅ちゃんのこと大好きなの。」 「…うん、」 「だからね、毎日雅ちゃんのことで頭いっぱいなんだよ。気付けば会いたいな、とか考えてるし、雅ちゃんに何かあると、すぐ心配になる。」 「……うん、」 「…そこで、俺様から提案なんだけど。」 そう言って少し身体を離すと、いつの間に右手に持っていた小さな箱を、私に向けて開いた。 「……え、これ、」 「クリスマスプレゼント。」 そこに入っていたのは、きらきらと輝くシルバーリング。 「雅ちゃん、結婚、してくれないかな。」 佐助の手が震えている。 「…っ、」 今日は泣いてばかりだな。色んな涙が溢れてくる。思えば全部、佐助のために流す涙だ。 「結婚したらさ、毎日会えて、心配な時はいつでもそばに居られる。俺様、そんな素敵なことないと思ったんだ。…だから、」 「結婚、したい。してください!」 涙でぐしゃぐしゃな顔のまま告げたその言葉は、少し震えていたと思う。 緊張した面持ちで、私の左薬指に指輪をはめる佐助を見詰める。 ああ、好きだな、愛しいな。そんな気持ちに満たされるこの胸が、たまらなく幸せだと感じた。 外はまだ雪が降っている。 今の私にはその雪が、私たちを祝福しに来た天使の羽根に見えて仕方ない。 純白の想い (もっと降り積もれ) |