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        その想いに角砂糖を



  
「リア充絶滅させたい。」
「また始まった。」

冷たいキャラメルマキアートを思いきり啜ると、ずご、とすごい音がした。
向かいに座る元親が呆れたように溜め息を吐く。

「お前よォ、その定期的にくる衝動、どうにかなんねえのか?」
「ならないね。この世にリア充がはびこる限り、私は誰にもとめられない。」
「なんだそりゃ。大体そのリア充って奴等が、お前に危害加えることあんのかよ?」
「ありますとも。」

例ならいくらでも挙げられる。
腕組んで歩いてたり、電車内で抱き合ってたり、ファミレスで食べさせあってたり、挙げ句は道のど真ん中でキスしてたり…

要するにただの僻みだろ、と苦笑いする元親を、き、と睨む。言い返せないとかじゃない断じて。
ほら、今だって、あの斜め前にいるカップル、テーブルの上でわざわざ手繋いでやがる。なんだ、そんなに見せ付けたいのか。全力で邪魔してやりたい。互いしか映してないその視界に、変顔で乱入してやりたい。

「雅、顔が怖ぇよ。」
「生まれつきだ馬鹿。」
「普段は可愛いだろーが。」
「それはどうも。」

適当に流せば、元親の何度目か分からない溜め息が聴こえた。
彼の「可愛い」は聞きあきたのだから、仕方ないだろう。

元親と出会ったのは、2年前の入学式。たまたま席が隣で、更にはからくり好きという共通の趣味があったため、すぐに仲良くなった。
今ではこうして、休日に二人で出掛けるほど。
隣町のからくり専門店を一通り見たあと、カフェでコーヒーを飲む。これがお決まりの過ごし方だ。

「あーあ、私もデートとかしたいなあ。」
「してんじゃねえか、今。」
「ぶっ飛ばすぞ。」
「あんだよつれねえな。だいたいよぉ、お前好きなヤツいねえんだから、デート云々の問題じゃねえだろ。」
「あれ、言ってなかったっけ?私、好きな人出来た。」

ぶほ、と元親が吹き出した。
彼の好きなブラックコーヒーが、少し飛び散る。
予想以上の反応に満足し、冗談だと告げれば、ふざけんな、と息を吐き出して元親は浮かせた腰を降ろした。

「でもさ、別に好きな人の一人や二人、いても不思議じゃないでしょ。」
「俺が許さねえよ。」

苦そうなそれに口をつけて、元親が言う。
なにそれ、と少しむっとしたが、口には出さない。
というより、出せなかった。
あまりにも真っ直ぐに、見つめられたから。

店内のBGMがよく知っている曲に変わった。
元親の好きな曲だ。
切ない恋心を歌った曲らしいが、生まれてこのかた恋なんてしたことがない私には、よく分からない。

昔は白馬に乗った王子様が…とか夢見ていたけれど、現実を知った今では馬鹿馬鹿しくて笑ってしまう。
いつからこんなにひねくれてしまったのだろう。

「つーかよお…なんで気付かねえかな…。」

その声に、ふと視線を元親に戻すと、がしがしと頭を掻く姿が視界に入った。
悩みごとがあるときにする、彼の癖だ。

「元親、なんか悩んでるの?」

別に心配な訳じゃないが、なんとなく聞いてみると、案の定元親はこちらを見てから、首を縦に振った。

「悩んでる。いつだってな。」
「元親でも悩みとかあるんだね。」
「馬鹿にしてんのかこら。悩ませてる原因に言われたくねえんだが。」

は?と、思わず声が出た。
元親を悩ませるようなことをした覚えはないのだけれど。
強いて言うなら、毎日のように彼の家に入り浸っていることくらいだ。
あ、それじゃね?

「ごめん、やっぱ迷惑だったか…。」
「おい、勝手に自己完結すんな。お前が考えてること、たぶん違ぇし。」
「じゃあ何?」
「…教えねぇよ。まだ、な。」

困ったように笑いながら、元親は最後の一口を飲み干した。
よく分からないが、これ以上追求するのも億劫なので、私も元親に倣って、音をたてながら飲み干す。
口いっぱいに広がるキャラメルの味が、やけにくどく感じるのは何故だろう。




         その想いに角砂糖を
     (早く気付けよ、この恋はあまりにも苦い)