「足を舐めさせろ」
「はぁ」


久しぶりの任務だ、とはりきって出勤したところ、そんなことをどっかり椅子に腰掛け偉そうに足を組んだ聖帝に言われた。私は呆気にとられ、肩にかけていたショルダーバッグもずり落ちた。だから私がここ(フィフスセクター本部指令室)に入った時自動的に鍵が閉まったのか。嫌な予感的中。新米の私が聖帝からの頼みを(たとえどんな変なことでもセクハラでも)断れるはずもなく、力なく頷くことしかできなかった。
この人こんな人じゃなかったのになあ、と思ったが昔のことを口にすると怒り出すのを私は知っているので、どうしてそんなことを?とさりげなく聞くと、長い間トップに立っているとたまには誰かに従いたくなる、と聖帝は言った。この人トップというか右腕って感じだったからな、となんとなく納得してしまった。それにしても足を舐めようとは常人では考えないと思うけれど。
聖帝が椅子から立つと、傍に立っていた私を引き寄せ、椅子に押し倒すように座らせた。ぼふっと革製の豪華な椅子に尻もちついた私に聖帝の顔がずいぶんと接近していてその涼しい顔と対比するみたいに、私の顔は熱を持った。男前は変わらないなあ、と呑気に考えていると聖帝は視界の下の方に消えた。聖帝が私の足元にしゃがみ込んだのだ。そうして、ヒールを脱がしその辺に放ると聖帝は不機嫌そうに眉をひそめた。


「何かお気に召さないことでも・・・・・・?」
「これ、どうしたらいい」


聖帝は、私が履いているストッキングを摘まんで離しパチンと音を立たせた。


「あっちで脱いできますよ」
「いや、いい」


私が椅子から一旦立とうとしたところ、聖帝にそれを止められた。膝に手を置かれてじぃっと見つめられたのだ。自然と上目遣いになる目。それを見たのが初めてでどきっとした。学生時代からこの人より背が低かったものだから。
聖帝はちょっと言いづらそうに口を開いた。


「破ってもいいか」
「聖帝、そんな趣味があったんですか」
「うるさい」


私がほんの少し煽ったせいで、問答無用でストッキングを破られてしまった。ビリビリと次々に引き裂かれ伝線し、それは私の爪先から太ももまでに行き渡った。そうして晒された私の足をするりと聖帝の手が包み込んだ。足の裏に指先が当たってくすぐったい。


「いいか?」


いざ、聖帝に足を舐められると思うと心臓がどくんどくんと身体中に響いた。でも、私には頷くことしかできない。聖帝はそれを見て口の端を持ち上げて笑った後、床に這うような態勢になった。髪を耳にかけ、聖帝の唇が足の甲に近づいて、赤い舌が見えた。舌先が足の甲に触れて、べろりと一回舐められた。それから足を満遍なく爪先から足首まで、くるぶしもかかとも舐められた。足の親指を口の中に含まれたりもした。中でも、足の裏はどうにもくすぐったく、思わず聖帝の舌から足を遠ざけた。
足を上げ、聖帝の足舐め地獄から解放された私は束の間の安息を得た。ふう、と息をつき聖帝の方を伺うと、聖帝の眼差しはある一点で強く交わっていた。それがどこか気づくのはそう遅くなく、聖帝の視線を辿ってすぐに私は全身の血の気がひいた。そして急激に頭に血が昇る。
私は咄嗟に足を閉じてスカートの裾を押さえたが、聖帝はクスクスと実に嫌らしい笑みを浮かべていた。滑稽な私を嘲笑うかのように。


「み、みましたね・・・・・・!」
「意外に派手なのはいてるんだな」


今日はもしかすると、赤だったかもしれない。赤であれば、ストッキングを裕に透けてしまうことだろう。昨夜の選んだ下着を悔やむばかりだった。いつか来るであろう勝負時に備えたパンツを何故に私は穿いてしまったのか。勝負時なんか当分来ないくせに。
知らぬ間に全身が火照っていた。末端から徐々に熱くなっていたのだ。足というのは馬鹿にならない。そこに(ここぞというときの)下着を見られたというオプションも付いたのだから、堪らない。


「聖帝、もう、無理ですよ」


私は吐息まじりに声をしぼりだした。視界が少し歪んでいた。水分が滲んだのだろう。吐き出した息も熱い。重くなった瞼を閉じた。頬に何か伝った感覚があった。
しばらくして、胸元に気配を感じ私はゆっくり目を開けた。すると飛び込んできたのは、私のブラウスのボタンに手をかけた聖帝だった。反射的に聖帝の手を払う。「な、なにを・・・・・・」「そういうことだと思った」悪びれる様子もなく、聖帝は私の貞操を脅かす発言をした。そういうことって、あんた酔っているのか?信じがたい。
冒頭からその思いは胸に潜んでいたが、こうまできているとなると我慢が出来なかった。とめどなく流れてきた涙は抑えようもなかった。
泣くのは久しぶりだった。この人の前で泣くのは二回目だ。一回目は私に別れを告げた時。私の中で二回目はこの人に再びあの炎が宿った時にしようと決めていた。しかし、今その決まりは破られた。この人がずっとこのままのような気がした。
この人を誰がこんなふうにした。

いつの間にか、私の顔は聖帝の腕の中にあった。私は昔のあなたを探った。しかし、目を閉じていても、香水が邪魔をして上手く思い出せない。それでも私は身体の感覚だけをたよりに、聖帝の背中に腕を回した。たくましい腕、あつい胸板、広い背中は変わっていなかった。
たしかに私が今抱いているのは、豪炎寺修也であった。イシドシュウジなんていなかった。


「もうすぐだ」


辛うじて聞こえた、どこかに消え入りそうなほど小さな声。私は希望の涙をぽろぽろ流した。愛し方さえ忘れたこの人の言葉を今は信じるしかなかった。
私はワインレッドのジャケットに、かつての学ランさながらの感覚を取り戻していた。









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