※聖帝=豪炎寺 という設定







聖帝に呼び出された。私の家に今すぐ来い、と。受話器の向こうでの淡々としていて妙に余裕のある声は本当に熱いあの人だった人かと錯覚する。
しかし今はそんなことでやきもきしている場合ではなかった。側近に成り立ての私は遅刻などしてクビになるわけにはいかないのだ。
やっとの思い(タクシー代一万二千円・・・・・・)で聖帝の家(あるマンションの一室、カードキーは渡されている)に時間ギリギリに着いた私は、部屋のドアをノックする。


「名字ですけど」
「入れ」


と言うので、シックな黒のドアを開けた。部屋も黒を基調としていた。私の着ている白いスーツが場違いな気がしたりした。私は聖帝の部屋の中に入ったのは初めてだった。でも別段緊張しているという訳ではなかった。
聖帝はテーブルの前にあるソファーに腰掛け脚を組み、ワインの入ったグラスを片手に私に目を向けた。


「一杯どうだ」
「遠慮しておきます。仕事はなんですか」
「仕事なんてない」


顔には出さずに心の中で聖帝を非難する。なにをいうこの男は。


「では何のご用で?」
「晩酌に付き合え」
「お酒苦手なんですけど」


聖帝はそんな私の言葉を無視して、勝手にグラスにワインを注いだ。そして椅子に座るよう促す。しかし飲む気は毛頭ないので、私は立ったままだった。


「全く、お前は変わらないな」
「そういうあなたは、変わってしまった」
「何が言いたい」


グラスを置いて手を組む聖帝の目は、私を睨み付けていた。眉間に皺を寄せた顔は恐ろしいが、怖じ気づくほどではなかった。
私は、今まで言いたかったことを爆発させた。私はこのために側近になった。だから、別に辞めさせられてもよくて、歯止めなく、言った。


「あなたの目は、ある意味、もっと怖かったのです」
「口を慎め」
「そうです。怖いくらいの気迫、つよい輝き、時に細められる目はとても優しかった。あなたは、聖帝は、今は誰なのですか。あの、目に灯っていた炎はどこにいったのですか!豪炎寺修也は、どこに」
「その名を口にするな!」


そう叫んだ聖帝はグラスに入ったワインを私に向かってふりかけた。私の白いスーツにワインレッド色のシミができる。流石にその時は、私も呆然としてしまった。
聖帝は空になったグラスを持った手を震わせ、静かに怒りを露にした。


「二度と、二度と口にするな。その名はもう、捨てたのだ。私は、イシドシュウジだ。それに、お前はそんな純白のスーツで身を包んでいるが、実際は今できたシミと同じ色・・・・・・、フィフスセクターにいるかぎり私と同類なのだ」
「私は昔と変わりません!私はあなたを取り戻したくてフィフスセクターに入ったのです!」
「・・・・・・くだらない」
「私は、昔のあなたが、豪炎寺が、好きだった!」


涙を見せる予定はなかったが、止めることができなかった。目頭が熱をもって、喉の奥が苦しくなる。握りしめた両手が震える。私は袖で涙を拭った。
そして深呼吸して聖帝に近づいた。聖帝は何とも言えない表情だった。私は聖帝のワインレッドのジャケットに手をかけた。


「聖帝だって本当は真っ白でしょう」


私はジャケットの下の白いシャツを撫でる。あなたはこんなアクセサリーで着飾る必要なんてない、とネックレスのある首筋や、ピアスの光る耳も撫でた。
下心なんてない。ただ変わってしまったことが悲しくて、昔のあなたを思い出したくて、撫でたのだ。水色のメッシュの入った髪に指先を滑らせたところで、聖帝に胸を押された。


「なんのつもりだ」
「大丈夫です、別に聖帝のことは好きじゃないですから」
「・・・・・・俺は今でも」
「・・・・・・え、なんて?」
「なんでもない。・・・・・・もういいから、さっさと帰れ。私はもう寝る」
「こんな格好で帰れと?聖帝は鬼ですね」
「スーツを脱げばいいだろう」
「寒いですよ」
「我慢しろ」


こんなひどい人、本当に私が好きだったあの人なのだろうか。私は言い様のない悔しさに唇を噛んで、踵を返した。
私が玄関にて、今正にここから出ていこうとしている時、背後から足音がした。
そして、どこか必死に絞り出されたような、いつもの聖帝の声ではない声が聞こえた。


「どうしてお前を呼んだのか、よく考えてみろ。私は、私は・・・・・・」


胸がきゅっとなるような声にびっくりして振り向くと、バフッと顔に軽い衝撃を受け、視界がオレンジ一色になった。頭から被ったそれを手に取ってみるとそれは、オレンジ色のジャケットだった。そして、よく見るとこれはあの人が好んで着ていたものだった。


「これ・・・・・・」


ジャケットに目を奪われている間に、聖帝は私に背を向けていた。そんなワインレッドよりこっちのオレンジのほうが似合うのに、と背中を見て思う。


「せいぜい、思い出に浸っているがいいさ」


そう言い残して、聖帝は部屋の奥に消えた。私は部屋からオレンジのジャケットを抱えて出た。
そうしてドアを背にして、膝から崩れ落ちた。ジャケットに顔を埋めるとあの人の匂いがした。今は香水で隠されている匂いだ。あの人のすべてをかっこいいと思っていたあの日には、もう帰れない。あの人のすべてに恋していたあの日は、もう帰ってこない。
後戻りなんてできないのだ、あの人は。
だから、今でも好きって言ったんでしょう。あの人の内に秘めた燃えたぎる炎は、一体どこにいってしまったのだろう。
私は声を上げて、泣いた。

いつか、あの頃のあなたに戻ってくれますように。









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