私は三年生に進級した後も変わらず、マネージャーを続けていた。秋、夏未、春奈、冬花とはもう親友である。そういうわけで合宿の夕食後は私達の恒例の恋愛話をする場となっていた。そう恋バナをする、いわゆるガールズトークというやつである。


「やっぱ三人は円堂が好きなわけ?」


私が洗い物をしながら、向いでテーブルを拭いていた秋と夏未と冬花に言うと三人は面白いくらいに顔を真っ赤にしてきゃあきゃあ、半分言葉になっていない声を出した。女の子だなあ、と私はほほえましく思っていると、隣で私の洗った皿を拭いている春奈がクスリと笑った。なんとなく、そんな春奈を一旦手を止めて見ると、目が合ってまた春奈は笑ったのだ。どうやら、春奈は私を見て笑っているようなのだ。


「なにー?春奈」
「いや、先輩からはそういう話聞かないなって」


それからまたクスクス笑い始めた。私が呆気にとられている中で、夏未は春奈に便乗するかのように私を指差し言うのだ。さっき茶化したことを根に持っているようだ。


「名前だって好きな人くらいいるんでしょう!?教えなさいよ!」
「えー、いないから教えようがないよ」
「じゃあ気になる男子もいないっていうの!?」
「まーね」 


ちょっと気取った顔をして言えば、それがまた癇に障ったようでキーキー怒った夏未を秋と冬花が宥める。そりゃあ馬鹿にしたような口調で言ったのだから当たり前である。でもそんな夏未が可愛いから意地悪してしまうのだ。どこの男子小学生だと自分で突っ込みたくなる。そういや、虎丸は今年中学生になって雷門に入学した。その虎丸がこの間可憐な女子達に囲まれているのを見た。まるであのスーパーイケメン豪炎寺のようだった。でも私はそういったことに全く興味をそそられなかった。好き好き大好きとか言っているよりも友達と話をしている方が断然楽しいから好きだった。正に今いるこの空間が好きだったし、ああいうモテモテの現場を鬼道と傍観しながらこしょこしょ話する方が面白かった。そう頭の中で考えている時、やっと夏未の怒りも治まったようで、春奈が私に訊いてきた。


「お兄ちゃんとかどうですか!?」
「やだよ。あんなゴーグルマント」


「第一あいつ彼女いたでしょ。意外に」私が思わず思ったことを口にしてしまうと、途端にさっきまで笑顔だった春奈がムスッとしたふくれっ面に変わってしまった。流石にこれはやってしまったと思い、即座に謝ると、プイッと顔を反らされてしまった。どうしようと、三人の方に助けを求めると秋は今のは名前が悪いと言いたげな表情で呆れていて、冬花は訳のわからないガッツポーズをしており、夏未に至ってはいい気味!と見下した顔をしていた。ちょっと泣きそうになった。冬花のがんばって!って顔がまた涙をそそる。


「はるなぁ」


泣きそうな情けない声が春奈に届いたのか、横顔の春奈の尖った唇が動いた。


「お兄ちゃんにタオル届けてくれたら許してあげます。あと聞けたら彼女さんとの関係を」
「あ、あいあいさー!」


その後すぐに仕事が一通り終わったので春奈から「お兄ちゃんの悪口は金輪際言わないこと!」と念押しされつつ、バスタオルを渡された。「あいあいさー!」私はまったく仲の良い兄妹だと思いながら、階段を上り、鬼道の部屋のドアをノックした。しかし、なかなか返事が返ってこないので、「鬼道ー!!」と叫ぶと、隣の部屋から不動が湧いて出た。


「うるせえんだよ!」
「鬼道が呼んでも出てこないんだよ、モヒカン」
「ナチュラルに馬鹿にしてんじゃねえよ、ちくしょう」


苛立ちを露にしながら不動が鬼道の部屋のドアノブをひねると、意外にもガチャ、と開いてしまった。すると聞こえてきたシャワーの流水音に少なからずびっくりした私は、「開いてんじゃねえかよ」と役目を果たしたように自室へ去っていった不動の一瞬の背中を、モヒカンを引くような思いで見た。そう、私は初めて男子の部屋に一人で入ると思うと急に緊張してしまい(それも入浴中)、不動に着いてきてもらった方がよかったと後悔したのだ。しかし、このまま入るのを渋っていては何も進まないし、春奈に許してもらえなくなる。私は意を決して鬼道の部屋に足を踏み入れた。

その時、ガラリと開かれたお風呂の扉。
ピキッと凍った気がした私に流れる血液。
交わし合う私と鬼道の目と目。


「ぎゃあああ!!」
「うわあああ!!」


咄嗟にとった行動は、目を瞑って背を向けることと、持っていたバスタオルを鬼道に向かってぶん投げることだった。背中に「すまん!」と焦った声が当たる。目を瞑っている中でさっき見た鬼道の目の赤が巡り巡る。ドキドキと高鳴る胸が恥ずかしくて、私は自分のなんでもない立場を主張した。


「は、春奈に、それ、届けてって言われて!」
「お、おお」


そして「そういえばなかったな」と今更気付いたような口ぶりで鬼道が呟いた。いつもは抜け目ない鬼道がこんなうっかりするなんて。よりによって私が来た時に。ちょっとむかついて憎まれ口を叩いた。


「うかれてんですかー?彼女なんて作っちゃって」
「まーな」


聞いて後悔。ついさっき私が茶化した時みたいに鬼道は言った。夏未の腹立だしさを身を持って知りながらも、夏未のそれとはどこか種類の違う怒りを感じた気がした。


「ちくしょう」
「お前も作ればいいだろ。あ、悪いがそこどいてくれ」


「着替えとるから」簡潔に言ったその言葉に驚いて、思わず私は何故か部屋の方に体をスライドさせてしまった。反対方向に行っていれば鬼道とバイバイできたのに、だ。今日は失敗ばかりで嫌になる。
鬼道から遠ざかろうと、私は部屋の中の方へと進んだ。机に、あの鬼道のゴーグルがあって、また私の脳裏に鬼道の目が駆け抜けた。その感覚にいくらか困惑していると着替え終えた鬼道がやってきた。鬼道は黒いタンクトップにジャージのハーフパンツを合わせ、頭に軽くさっき渡したタオルをかぶせていた。下ろしたドレッドは湿り気を帯びて艶っぽく、何より、鬼道の真っ赤な目が潤んでいるように見えて、男の鬼道にこんなこと言うのもおかしいが、綺麗だと思った。水もしたたるいい男とはよくいったものだ。しかしそれが私はどうにも気に食わなかった。


「なんだ。鬼道は囲まれる側だったのか」
「囲まれる側?」
「女子に囲まれる側」


鬼道は大きな目をさらに大きく丸くし、きょとんと首を傾げた。ああ、こいつも無自覚イケメンか。私は豪炎寺に嫌味っぽくイケメンさんと呼んだ時のことを思い出す。あの時豪炎寺もきょとんとした顔で頭にはてなマークを浮かべたものだ。そんな豪炎寺よりも鬼道の方がきょとんとしているようにも見えるのは、いつもはゴーグルで隠れているから周りに褒められることも少ない、と考えれば自然なことだろうか。
とにかく変な仲間意識を持っていた自分がかわいそうで悔しかったということだ。興味はない、といいつつも、少しだけ羨ましいと思うのが普通の人間であると私は思う。第一、鬼道は何気に彼女を作りやることやっている。私とは違う世界の住人だったのだ。


「どういう意味だ?」
「鬼道はかっこよく生まれてきていいなあって意味」
「・・・・・・なんだそれ」


間をおいて答えた鬼道は当惑しながら
、頬を掻いた。そうしてゴーグルに手を伸ばした鬼道。何故だかそれを見て先にゴーグルを奪った私。


「あっ、おい」
「イケメン鬼道くんのゴーグルゲットー」
「こら名字!」


そのまま逃げるようにベッドに背中からダイブ。私は照明の光を通してゴーグルのレンズを覗いた。コツンと指でつついて、いつもこれを隔てて鬼道を見ていたのか、と実感する。
「ゴーグル返せ」そう言って近づいてきた鬼道に言う。


「知ってた?私ちゃんと鬼道の顔見たの初めてなんだよ」
「そうだったのか」
「かっこいいね」


私の顔を覗き込んでいた鬼道に言ってやると、面食らったというような顔をして驚き、私に背を向けた。そうしてベッドの端に腰を落とした。それから、うんともすんとも言わなくなった。その沈黙が嫌で私が「彼女さん面食い〜」と言ってふざけてみると、意外な反応が返ってきた。


「そうかもしれないな」
「えっ」


「なんで」と聞くと、鬼道は振りかえった。なんとも言い難い苦笑いだった。


「気が、合わないんだよな」
「ええっ」


私はびっくりして上半身を起こした。その話が重要なものだと気づいたのだ。


「だって付き合うって、お互いが好きだから付き合うんじゃないの?そういう根本があってこそ、一緒にいようって約束するやつでしょ?気ぃ合わないなんて嘘でしょう」
「・・・・・・・・・」
「ねえ」


私は何も言わない鬼道の肩をグイッと掴んだ。そして鬼道の目をまっすぐに見つめた。一瞬だけドキリとしたけれども、いつもゴーグルを介して見ているいつもの目だと思えば、何でもなかった。


「あいつ、全然楽しそうな顔しないんだ」
「鬼道の話がつまんないんじゃないの」
「言うなあ。・・・・・・じゃなくてだな、具体例を挙げると、出かけて、写真撮って、それを友達に見せていて、その時が一番楽しそうというか」
「気のせいじゃない?鬼道と遊びに行くとか絶対楽しいじゃん!」
「な!なんでお前はあいつの肩ばかり持つ!!」
「だって、ゴーグルマントってだけで笑えるでしょ!ふつう!」


ゲラゲラと我ながら女の子らしくない声で笑うと、鬼道は呆れ果てたようにでっかい溜め息をし、髪をかきあげた。



「言っとくがな、私服にマントはない」
「まじで!?」
「そんなに驚くようなことか・・・・・・?」
「当たり前じゃん!ゴーグルとマントが無きゃ鬼道じゃないよ!」
「じゃあ今は、俺が俺でないってことか」
「あっ!じゃあじゃあ、今はちょっと鬼道?」
「ちょっと?」
「ドレッドだけ!」


そう宣言すると、鬼道はクスクス笑い始めた。私は流し台で春奈に笑われた時を思い出して、鬼道と重ねた。最初に春奈が鬼道の妹だって知った時は、何かの間違いかと思ったくらいだったけれど、今となっては兄妹だと心の底から納得している。長い間過ごしていると、言動の端端から共通の部分が見えてくるのだ。今、隣にいる鬼道の笑顔、笑い方はよく春奈に似ているのだった。
私はゴーグルをかけ、「半分くらい鬼道!」と言ってみせると、鬼道がまた笑ってくれた。こんなにドッカンドッカンうけるならお笑い芸人にでもなろうかな、と思った。私はゴーグルを外して首にかけ、これ、なんかのネタに使えないかな、と考えた。
ふう、と小康状態を告げる息を小さく吐いた鬼道はどうやら落ち着いたみたいだ。それを見て私は、ふふ、と笑いかけてまた鬼道を笑わそうとしたのだが
鬼道はどうしてだか悲しげな顔をしていた。そんな鬼道が口を開いた。


「写真撮る時、絶対ゴーグル取られるんだ」
「ふーん。そりゃあかっこいいからねえ」
「・・・・・・馬鹿」
「あはは」
「フッ、恋愛経験が貧弱な名字に言うことじゃなかったな 」
「うっさいばーか」
「ただの愚痴になって、ごめんな」


怒った私を宥めるように、向かってきた手が私の頭を撫でた。風呂上がりの暖かい手がガシガシと私の前髪をぐしゃぐしゃにした。私は鬼道の細められた目に不覚にも見とれてしまった。胸がドキドキするし、苦しかった。
だから、鬼道の手を跳ね退けた。


「今のを彼女さんにやってあげればうまくいくんじゃない?」
「春奈以外に、初めてやったよ」
「うわあああ!きもいきもいきもい!」


シスコン菌を払おうと自ら前髪をブワーッと手でかきまぜた。それを見ていた鬼道は笑っていた。いつもだったら、きもい、とか言ったら怒られそうなものなのに。私はそれが不思議だったし、いつもより寛容な鬼道が、先ほどの一件もあってか、かっこよく見えた。
前髪をぐしゃぐしゃするのをやめると、鬼道と一対一になっているということが恥ずかしく感じた。


「思っていることを伝えればあいつもわかってくれるだろうか」
「うん、きっと。ほんとの鬼道を見てくれるようになるよ」
「表面的な俺じゃなくて、内面的な俺を?」
「そう。だって好きなんでしょ?」
「ああ、好きだ」


急に胸がチクリと痛んだ。その、鬼道の「好きだ」という一言が胸に突き刺さったみたいだった。
私がそれを茶化してやろうと口を開く前に、先に鬼道が清々しい笑顔を見せて、言った。


「今これだけは言える。あいつより、お前と話している方が楽しい」
「はあ!?」


なにそれ気持ち悪いとか、そんなこと私なんかに言うなとか、憎まれ口を叩くためのセリフはいくらでも思い浮かんだ。けれど口には出さなかった。違う、そうじゃなくて。鬼道の言葉が単純に、嬉しくて、口に出せなかった。
私がそれから口をつぐんだままでいると、鬼道は笑顔から、「あー」とか言って、口をへの字にして、眉をハの字に下げた。顔もちょっと赤くなって、照れているみたいだった。やっと自分がどれだけ恥ずかしいことを言ったのかわかったようだ。そのことを言って、鬼道をぎゃふんと言わせようとしたのだが、また先を越された。


「そういやさっき、見たか?」
「なにを?」
「いや、俺の・・・・・・は」
「は?」
「・・・・・・だか」


鬼道の言う、「見たか」の意味を理解すると、私は身体の末端から鳥肌が立ち、奥の方から外へ熱がみるみる伝わってきた。口がわなわなと震え、私は枕を鷲掴みにした。それを鬼道の顔面に向かってぶん投げた。


「鬼道の馬鹿!変態!見るわけないでしょ!?」
「ぎゃふん」


真っ白な枕が鬼道の顔面にヒットするのを見て、私は部屋を飛び出した。
乱れた呼吸を整えていると、不動が不機嫌丸出しで部屋から顔を出した。


「静かにしろっつってんだろ。ったく、鬼道くん浮気か?」
「んなわけないでしょ!?」
「うっわ、顔真っ赤」
「うっさいわ!」
「あー、鬼道くんに惚れかけたのか〜?」
「さ、さっさと永眠しろ!ハゲ!」
「はい、おやすみ〜」


むかつく!むかつく!!むかつく!!!ああ!顔が熱い!
明日どんな顔して鬼道と話せばいいかとか、第一話せるのかとか、じゃあ話さなきゃいいやとか、考えて、下に下りると、春奈が「遅かったですね」と私に言ってきた。それから「顔真っ赤!」と言われ、秋、夏未、冬花にも「どうかしたの」と言われた。全て春奈のお兄さんのせいだ、と思いながら顔を手のひらで覆っていると、夏未がある重大なことを指摘したのである。


「この子、鬼道くんと何かあったのよ。だって首にゴーグルかけているもの」
「ああっ!」


こうして、私は明日も鬼道と会話を交わさなくてはならないことを思い知らされたのであった。

どうにか曖昧に事を治めて、四人とは「おやすみ」を言って別れた。

布団の中で、私は思う。
頬の熱が冷めても、胸の熱が冷めない感覚は初めてで、それがこんなにも息をするのでさえ苦しいと感じたのも、初めてだった。

あーあ、好きになっちゃった。

私は独り、涙をこぼし、枕を濡らすのだった。









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