分け入っても分け入っても青い髪。
綺麗なその髪はほどよい癖を持ち、美しいウェーブを描いている。それはまるで風のようで、本人をよく表していた。
分け入っても分け入っても、青い髪。
顔を近付けて髪の匂いを嗅いだ。ちょっと彼は顔をしかめたが、止められはしなかった。いい匂いがするのを自分で知っているのだろうか。
分け入っても分け入っても、青い髪。
私は調子に乗って、頭皮に鼻頭をくっつけて思い切り息を吸い込んだ。さっきのいい匂いが凝縮されたもっとすごい匂いが私の鼻孔をついた。頭がくらくらした。
そこで、今までの被害者に頭をはたかれた。


「くんくん風丸くんくん」
「やめんか」
「いて」


不機嫌そうに眉をひそめる風丸。だけど頬が俄かに紅潮しているのを見ると、よくある風丸の照れ隠しだろう。私は風丸の肩に顎を乗せた。嫌がらせに近いかもしれない。風丸はあからさまに目をまんまるにして驚いた。顔も真っ赤だ。


「や、やめろって!」
「すーはーすーはー」


首筋の匂いを嗅げば、私の鼻息がかかったようでくすぐったそうに体を震わせた。きゅっと目をつむっているのが伺える。


「緊張しすぎ」
「お、お前が激しすぎるんだよ!」
「何が?」
「スキンシップが!」


風丸が「ええ加減にせい!」と言った拍子に体をどん、と押された。私はソファーに背中を打った。ぼすんと音がした。私は風丸を見上げて、何で関西弁になったのだろうと考えていた。風丸はというとハッと表情を変えておろおろしていた。腕をふらふらさせている。面白い動きだ。


「す、すまん!大丈夫か?」
「うん」
「よかった」


ホッと胸を撫で降ろす風丸に対して、私の胸には沸々と何かが湧きだしてきていた。風丸のいろんな顔が見たい。風丸が差し出してくれた手を思い切り引いてみると、そのもやもやした気持ちは解消された。


「ぬおわっ!」


風丸の顔が見事に私の胸に飛び込んできた。ふわっと舞い上がった髪が綺麗だった。風丸の泳ぎっぱなしの目とこれまたまっかっかな顔は至高である。
しかしすぐに風丸は流石という身のこなしで私から離れ、顔を腕で隠した。そんなに見られたくないのか。風丸は男としての尊厳云々がそんなに大切なのか。そんなの風丸には必要ない気がするよ。
私は起き上がる。
分け入っても分け入っても、青い髪。
風丸が真っ赤な顔をどうにかしようと試行錯誤している内に、前髪も後ろ髪も全部全部、私は落ちてた赤いゴムでくくった。風丸はいつもの引っ張られる感覚がしたのか、顔を上げた。すっきりした顔回りのおかげで顔は丸見えだ。ちなみに真っ赤な顔は治っていない。風丸は当惑した表情でおでこを触るとやっと前髪もくくられた事を悟ったみたいだった。これでいつもは見えない左目も思う存分楽しめる。
次は何をしようか企んでいたところ、とある衝撃で身動きが取れなくなった。
何奴!


「見ないでくれ」


分け入っても分け入っても、青い髪。
私の目の前には青い海みたいな髪が広がっている。そして私の背中にはさして太くもなんともない腕が回っている。だけどぎゅっと、力強かった。


「風丸に抱きしめられてる」
「ああ、そうだよ」


ぶっきらぼうに答える風丸の顔はきっと梅干しみたいで、きっとへなへなだ。
分け入っても分け入っても、青い髪。
どうやら風丸には男の尊厳とやらがほんの少しあったみたいだ。


「風丸が私を抱きしめてる」


びっくり、した!









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