学校に行きたくない。
ここんとこ俺は頭の中でいつもそう訴えている。
なんでかって?
俺は全然悪くないのに、いじめられてるから。
誰だってこの理不尽さには耐え難いものがあると思うよ。どうして、なんだって俺がいじめられなくちゃならないんだろう。俺がひとりで勝手に試合を進めちゃうから?ハットトリック決めちゃうから?でも最近は控えてるし。それでもなんでこんなことされなきゃならないんだ?
俺は下駄箱を開けて、片方しかないスニーカーを見て嘆いた。

買ってもらったばっかりだったのに。

母さんの優しい笑顔が浮かんでくると鼻の奥がつん、と刺激された。俺は奥歯をくいしばって、消えたスニーカーを探すことにした。

近くの傘立ての中にも、本命の教室のゴミ箱にも、大穴の焼却炉にも、どこにもスニーカーはなかった。考えられるところは全て探したつもりだけれど、見つからない。奴ら、新しい隠し場所を見つけたんだろうか。全く腹が立ってしょうがなかった。
俺は悪くないのに。全然悪くないのに。
まるで自分自身に言い聞かせてるみたいで、余計にみじめに感じて、目頭が熱くなった。このアンバランスな片方だけの靴で帰れば、母さんはどんな顔をするだろう。そう思うと、とうとう流したくないものが溢れてきて、こうなるとその場にうずくまるしかなかった。すのこに一滴分の小さな水溜まりができるのを、俺は見た。

涙もからからに乾いたころ、不意に背中を叩かれた。
振り向くと見覚えのない女の子が、俺の消えたスニーカーを持って、しゃがみこんでいる俺に目線を合わせるように屈んでいた。


「これ、君のでしょ」


声に抑揚がなかったけど、きれいな声でもあったような気がした。しかし俺は今そんなことどうでもよかった。俺は無我夢中でスニーカーをひったくった。


「わっ」


その声でハッとして我に返った。「ごめん」と一言言うと自分のかすれた声にびっくりした。それに、よくよく見ると目の前の女の子は全身泥まみれで、俺は思わず目を見張った。


「校舎裏に落ちてたんだよ」


校舎裏。そこは確か崖に近いほどに急な場所なはずだ。まさか、これを取るためにそんなに泥まみれになってしまったんだろうか。
ぐぐっと伸びをする女の子を見て、俺はなんで俺なんかのためにそこまでしたのか不思議に思った。それに、なんでこれが俺のものだとわかったんだろう。


「どうして、」「君の事見てたから」


女の子は俺の言葉をさえぎって、変なことを言った。
その早さはまるで俺の言葉をよんでいたかのようだったけれど、よく言っている意味がわからなかった。
女の子は表情ひとつ変えないで、俺の隣の廊下と下駄箱の段差に腰掛けた。
それから女の子は小さく口を開いた。


「私応援してるから、ずっと」


胸がきゅっとするような声色だった。俺は横目で女の子を見た。女の子の目線は俺じゃなくて、昇降口のもっと先を見つめていた。
もう空が夕焼け色に染まっていた。俺も真っ赤な夕日をひたすら見つめた。


「いつかまた君が強くなれる日を待ってる」


小さな声だったけど、俺の耳にはしっかりと届いていて、胸を強く突かれた。

俺は弱いわけじゃない。
本当は強いんだ。今だってそれは変わっていないはず。

そうは思うけれど、俺はいつの日か胸をはって言い切れなくなっていた。うつむいて、すのこの薄い木目を目でたどった。シミになった涙の跡があって、俺は急いでそれを踏みつけて隠した。
女の子は立ち上がって、どこかに消えた。俺の隣の下駄箱の裏側から、ポン、と靴をすのこに落とした音がした。確か裏側の下駄箱は六年の下駄箱だったはずだ。見知らぬ女の子は、俺よりひとつ年上だったみたいだ。
ひょっこりと向こうの下駄箱の影から顔を出した女の子は、なぜだか真っ赤な顔をしていた。背負っているランドセルに負けないくらいだった。今にも泣きそうな顔にも見えて、俺はドキッとした。結ばれた口が大きく開かれるまで、俺は女の子をじっと見ていた。


「かっこいい君が好きだった!
バイバイ、宇都宮虎丸くん!」


そう女の子が今までの声の何十倍も大きな声で言うやいな、女の子は走っていってしまった。俺はというとその小さな背中を呆気にとられながら目で追っていた。
やっと頭が理解して、俺が女の子を追いかけた時にはもう校庭にもどこにも姿は見えなかった。ブランコが風に揺られてきしんだ音が妙に切なく感じた。

告白、されたんだよなぁ……。

誰もいない事をいい事に、俺はその場でクスリと笑った。久しぶりに心から笑えた気がした。俺はよくわからないけど、あの女の子の事を悪く思ってはいないみたいだった。むしろ良く思っているかもしれない。
そう考えると突然、俺の顔が熱を持ち始めた。びっくりして風にさらしてみたけど、全然だめだった。

なんで恥ずかしいんだろ。
告白されたんなら、自信持っていいはずだ!


俺はスニーカーを大事に履いて、明日あの子に会うのを楽しみに通学路を走り抜けた。



翌日、学校に軽い足取りで向かった俺はさっそく後悔する事になった。女の子の名前を聞かなかったから、話しがしたくても呼び出せなかったのだ。二クラスしかないので油断した。すぐ見つかるかと思ったらどこにも姿が見当たらなかった。
俺は六年の廊下の前で右往左往。壁に掲示されているこのへたくそな絵を何度見ただろう。

しょうがない、放課後にかけよう。

あきらめて俺が廊下を後にしようとした時、すれ違った派手な女の子二人組の会話が耳に入ってきた。こういう感じの人は苦手だ。


「そういや名字転校したってー」
「まじで!ちょっといじめすぎたかな?」
「ギャハハ!この前転校してきたばっかなのに早すぎっしょ!」
「前の学校でもいじめられてたんじゃねー?」
「ありえるー!」


前言撤回。こういう奴は大嫌いだ。死ぬほど嫌いだ。胸糞悪くなって俺は廊下を走って教室に戻った。

放課後。六年の教室には人がまばらで、あの女の子はいなかった。俺が肩を落として立ち去ろうとする時、教室の方から聞こえる話し声に足を止めた。俺の名前が聞こえたからだ。

「あっ、あれ名字に好かれてた虎丸くんって子じゃない?かわいそー」
「ああ、そういえばいつも窓から見てたよねー!」
「まあ転校していなくなった事だし」
「つかあの子も今いじめられてるらしいよ」
「うっそ!じゃあ似たもの同士って感じ?」
「ギャハハ!まじうけるんだけどー!」


複数人の嫌な女の金切り声に俺は耳をふさぎたくなった。聞かなきゃよかった。俺は猛烈に後悔した。
でも俺にある考えが浮かんできた。予想でもあるし、嫌な現実のような気もした。
俺は手がかりひとつを胸に、下駄箱に向かって走った。


「えっと名字、名字、名字……」


「あった!」名字!下の名前は名前っていうんだ。俺はネームシールを指でなぞった。指紋が茶色に染まった。空っぽの下駄箱は土ぼこりで薄汚れていた。俺はよく目をこらして下駄箱の中をのぞいてみた。すると、真ん中に四角い輪郭が浮かび上がって見えた。俺はそれに手を伸ばしてみる。ずらしてみるとくっきりその一角が跡として残っていた。手に取ってみた。土ぼこりを払うと、それは白い封筒だった。俺はその封筒を開いた。中にはただのシンプルな便箋が一枚、三つ折りにされて入っていた。
手紙にはこう書かれていた。



宇都宮虎丸くんへ

手紙見つけてくれてありがとう。
私は弱虫だから返事を聞けなかったけど
私の気持ち届いたかな?
私ずっと虎丸くんがサッカーしてるところ見てたんだ。
ひとりで何回もシュート決めて、何人もドリブルで追い抜いて
すごいかっこよかった。
でもある日いきなりかっこ悪くなっちゃって、私も虎丸くんを見るのが辛かったよ。
それでも私はずっと見てた。心の中でずっと応援してた。
虎丸くんは私の心の支えだった。
今までありがとう。

名字名前より



やっぱり名字さんという人はあの女の子だったんだ。
ポタリ、としずくが落ちて丸くて小さい水溜まりを作った。俺は手紙を読んでいる内に涙が止まらなくなっていた。ゴシゴシ目を袖でこすっても涙は止まらなくて、ズルズル鼻水も出てきたた。俺は鼻をすすりながら、こう決意をした。

学校に行こう。

俺は、名字さん、ううん、名前さんの分まで頑張るんだ。そしていつか俺は大きな舞台に立って、名前さんと再会するんだ。
その時こう言うんだ。

「靴拾ってくれてありがとう」ってね。

告白の返事はまだわからない……けれど俺の知らないどこかで気持ちは決まっていたみたいだった。










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