今日修也から「家に泊まらないか」と真顔で誘われた。意図は不明。
これがいわゆるお泊まりデートというものなんだろうか。
私は無条件にどきどきする胸を押さえつけながら修也が住むマンションに向かっていた。

夕日が赤く染まっているのを見たら私の頬も夕日みたいになっているような感覚を覚えた。

マンションの前にはもう修也が立っていて、私に気付くと手を振った。
私も修也に手を振る。

「待った?」
「いや」
「よかった」
「荷物」
「あ、ありがとう」

一見素っ気なく思えるような会話だが修也はこれが普通なのだ。
私にとってはこれでも愛情たっぷりだと感じる。

私の着替えやらなにやらを詰め込んだバッグを修也は持ってくれてエレベーターに二人で乗り込んだ。

「今日は父さんもフクさんもいないんだ」
「そうなんだ、あ、じゃあごはんどうするの?」
「……、名前が作ってくれないか」
「いいけど、上手く作れるかなぁ」
「名前ならできるさ、俺も手伝う」
「お!じゃあ頑張っちゃおうかな!私!」
「ああ、夕香も喜ぶ」

「なにつくろっかなぁ」と言っているとエレベーターの扉が開いた。
私は修也の後ろを着いていった。
玄関前で修也がインターホン鳴らすと、足音と「はーい!」という可愛らしい声がした。
扉が開くと夕香ちゃんが弾けるような笑顔で出てきてくれた。
修也は夕香ちゃんの頭を撫でている。
多分「留守番よくできました」のなでなでだと思う。

「ゆうか、名前おねえちゃんがくるのたのしみにまってたんだよ!」
「ありがとうー!夕香ちゃん!私嬉しいよ!!」
「ゆうかもとってもうれしいよ!さ、はいってはいって!」

夕香ちゃんは私の手を引いて家の中へと入れてくれた。私は「お邪魔します」と言って靴を脱いで端に揃えた。

「あっ、さすが名前おねえちゃん!えらいね!」
「えへへ、褒められちゃった」
「よしよし」

今度は修也が私の頭を撫でてきた。私混乱状態。

「あー!名前お姉ちゃん赤くなってるー!」
「なななななってないよ!」
「はは、夕香楽しそうだな」
「うん!!」

他人事のように軽く笑う修也とこっくりと天使のように微笑む夕香ちゃん、そんな豪炎寺兄妹は絶対に勝てない気がした。

「じゃあ早速ごはん作りますか!」
「名前おねえちゃんがつくってくれるの!?」
「そうだよー!私夕香ちゃんと修也のために頑張るんだ!」
「やったね!おにいちゃん!!」
「ああ」

夕香ちゃんは万歳して修也に抱きついた。
やっぱり夕香ちゃんは本当に可愛い。
嬉しそうにしている修也も実に幸せそうだ。

修也が私を台所に連れていってくれて今ある食材を出してくれた。
にんじん、じゃがいも、たまねぎ、牛肉……。
これは……!

「そうだ!カレーにしよう!!」
「おお、ちょうどルーもあるぞ」
「よかった!カレーなら私でも作れるよ!」
「名前おねえちゃんカレーつくってくれるの?わーい!!」
「うん!じゃあ出来るまでお兄ちゃんと待っててね」
「はーい!」

夕香ちゃんが台所を跳ねるように出ていった。
その後を修也が追おうとした時に「手伝わなくて平気か?」と聞かれたが私は「大丈夫」と答えておいた。
だってあの二人にいいところ見せたいしね!

私は早速準備に取り掛かった。
まずはお米をきれいに研ぎそれを水と一緒に炊飯器に入れてスイッチオン。
これでライスは完成したも同然。
次に野菜とお肉のカット。
てきぱきとじゃがいもとにんじんの皮を剥き、手際良く切っていく。
やっぱり、たまねぎだけは曲者で涙が出てくる。

「これも二人のため……!」

私は全力で頑張って全て切り終わると熱したお鍋にお肉を投入した。
じゅうじゅう音を立ててお肉がだんだん焼けてきたら今度はたまねぎを入れた。
たまねぎは黄金色になるまで炒めるのが私のポリシーである。
そしてじゃがいもとにんじんもお鍋の中へ。
よく炒めたらお水をちゃんと分量を計って注ぎ入れた。
作業が一段落したので一応冷蔵庫を見てみると、りんごがあったのでそれをすりおろしてお鍋に入れてみた。
残ったりんごも切ってデザートに。
いい感じに煮えてきたのでルーを割り入れた。
甘口だった。
多分夕香ちゃんが好きなんだろう。
りんごも甘口を引き立てるようないい仕事をしてくれと私は手を合わせた。
台所にカレーのいい匂いが充満してくるころ、ちょうどごはんも炊け、晴れて私のカレーライスが完成した。
我ながら上手くできたと思う。

リビングにも匂いが届いたのか、夕香ちゃんがやってきた。

「できた!?すごいいいにおい!」
「うん!出来たよ!」
「やったぁ!おにいちゃんできたってー!」
「おぉ」

夕香ちゃんに呼ばれ修也も顔を出した。

「味見してないけど大丈夫かな?」
「名前お姉ちゃんなら大丈夫だよ!」
「夕香の言う通りだ」
「そう?ありがとう!」

この兄妹は本当にいい兄妹だとまた確信した。
優しい事この上ない。

「お皿これでいいかな?」
「あぁ」

私は修也に承諾を得てから食器棚にあったお皿を取り出した。
そしてほかほかに炊けたごはんをよそりその上にカレーを綺麗にかけた。
ほどよい形の野菜たちと牛肉がゴロゴロ入ったビーフカレー。
本当に美味しそうだった。

「あっ、ゆうかじぶんでもっていけるよ!」
「本当?大丈夫?」
「うん!大丈夫!」
「えらいね!じゃあ、はい、気を付けて持っていってね」
「うん!」

私はカレーをよそったお皿を夕香ちゃんに手渡した。
夕香ちゃんは一生懸命それを運んでいった。
ちょっと危なっかしいからその後ろを修也が着いていくのがなんとも言えないくらい可愛かった。

私は修也と自分の分をよそい一旦それを置いたその時、いきなり後ろから抱き付かれた。
腰に回された手は修也のもので、背中から全身へと体温が伝わってきてみるみる内に身体が熱くなっていく。
修也の顔が肩に乗る。
耳にかかる息がこそばゆい。

「どどどうしたの、いきなり!」
「ありがとうな」
「そ、そんなお礼言われるようなことじゃないよ」
「素直に受け取れ」
「……うん」
「それでいい」

そして修也はいきなり耳にキスしてきた。

「うひゃぁ!」

「相変わらず弱いんだな、ここ」

「あわわわわ、夕香ちゃんいるんだからちょっとひかえよう、修也くん、ひかえようね」
「フッ、じゃあこれ持ってくぞ」

私が耳を押さえていると、修也は二つのお皿を持っていってくれた。
しかし今日はスキンシップが激しいな。
私、心臓もつ自信ない。

私もスプーンを持ってリビングに行った。
修也と夕香ちゃんにそれを渡した。
忘れちゃいけないお水も用意したら、夕香ちゃんの隣に座って、三人で手を合わせ、

「いただきます!」

一口ぱくり。

「おいしい!おいしいよ名前お姉ちゃん!」
「あぁ、予想以上に旨いな」
「ありがとう、二人とも……!頑張って作った甲斐があったよ!」

久しぶりにこんなに甘くてまろやかなカレーを食べたかもしれない。
たまにはこんなカレーもいいな。

「あまくておいしいね、おにいちゃん」
「あぁ、そうだな」
「りんご入れたんだ〜」
「名前おねえちゃんすごーい!」
「えへへ」
「俺、甘口が一番好きかもしれない」

向かいの修也がキリッとした表情でいうからちょうど飲んでいた水を吹き出しそうになった。
まあ、将来のために脳のメモリーにしっかりとその情報を焼き付けておいたんだけれど。
修也がおかわりをするともうカレーはきれいに無くなり、食べ終わったらみんなで「ごちそうさま」をした。

修也と夕香ちゃんは二人でテレビを見ている。
りんごをシャリシャリ食べながら。
一方、私は皿洗い。
ちょっと扱き使われている?そんなことは不思議と思わない。
むしろ家族みたいで幸せだ。
私がお母さんで修也がお父さん、夕香ちゃんが可愛い可愛い愛娘。
なんて幸せな家庭だろう。
皿洗いが終わってリビングに戻ると修也に「にやけてるぞ」と言われた。
全然自覚が無かった自分にびっくりした。

「ちょっと風呂沸かしてくる」
「いってらっしゃーい」

修也がお風呂を沸かしにいった。
私と夕香ちゃんは二人でテレビに食い入っていた。
修也が戻ってきて、またテレビを見て三人で一斉に笑った。
修也のあぐらの上に座った夕香ちゃん、修也の肩を借りる私。
修也は大忙しだ。

ピピピ、とアラームのようなものが鳴った。
お風呂が沸いたらしい。

「名前先に入ってこい」
「え、いいの?」
「あぁ」
「じゃあお言葉に甘えて」
「夕香も一緒に入るー!」
「えっ!?」
「いいでしょー?」

夕香ちゃんの上目遣いをくらって断れる奴なんていないさ、私は戸惑いながらもOKした。
誰かと一緒に入るなんていつぶりだろう。

「名前、夕香がわがままいってすまないな」
「いや、全然構わないよ」
「ならいいんだが、夕香、名前に迷惑かけるなよ」
「そんなのかけないにきまってるじゃん!だったらお兄ちゃんも一緒に入る?」

「ブッ、ゆ、夕香ちゃん……!」
「もういいから早く入ってこい」
「はーい!」

ぷいっと顔を背けた修也の耳が赤かった気がした。
かくゆう私も"修也とお風呂"を想像してしまって顔が熱い。
お風呂入る前なのにね。
私は着替えを持つと、夕香ちゃんに連れられお風呂場に行った。
お互いにシャンプーをして、背中も流し合った。
わいわいきゃいきゃい、とっても楽しい。
湯船に二人で浸かっていると夕香ちゃんが突然言い出した。

「こんどはおにいちゃんといっしょにはいってあげてね」

私は激しくむせた。

「名前おねえちゃん大丈夫?」
「う、うん、それで、な、なんで私が修也と?」
「だってね、おうちにかえってきたら名前おねえちゃんのことばっかりはなすんだよ、と〜ってもうれしそうに!」
「きっとおにいちゃんは名前おねえちゃんのことだいすきなんだろうね!」

そう畳み掛ける夕香ちゃんに私は極限に恥ずかしくなり思わず潜って顔を隠した。

「あっ!どっちがながくいきとめられるかしょうぶしようよ!」

それから私と夕香ちゃんとの対決が始まった。

五回戦やって五回戦とも夕香ちゃんの勝利。
異常な盛り上がりの中、のぼせそうなくらいになったのでお風呂を出た。

体を拭いてパジャマに着替えると頭にバスタオルをかけて洗面所を後にした。

リビングにいた修也にドライヤーの使用許可をもらった後修也をお風呂に送った。なんとなく。
一瞬の二人の時間。
すかさずといった感じで、ほっぺにちゅーされた。
ドライヤーを持ったまま十秒ほど立ち尽くしてしまった。
平常心を取り戻してリビングに帰り、夕香ちゃんの亜麻色のきれいな髪を乾かした。

「修也ってあんなに積極的だったっけ……」
「せっきょくてきってなあに?」
「な、なんでもないよ!」









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