なんで私は今このモヒカン野郎こと、不動明王と教室に二人っきりで残っているんだろうか。
不動明王とは不良の代名詞と言われるほど学校で悪名高い奴だ。
そしてサッカー部のキャプテンであり、サッカー部はおろか学校全体を牛耳っているといっても過言ではないという噂もある。あの目付きの悪い目が全てを物語っているようだった。

私と不動明王の関係といえば、ただのクラスメイト、ただの顔見知りというところか。
いや、不動明王は私なんか知らないだろう。
本当に今の一度も会話した事も無いし目も合わせた事も無い。
目なんか合わせたものなら殺されてしまいそうだ。
そんな奴と居残りしているもんだから言わずもがな、空気はめちゃくちゃ重苦しい。


私はこの間の小テストの点が壊滅的に悪かったので先生に残ってこのプリントを仕上げてこいと言われた。
だからこうして自分の席に座ってだらだらと問題と格闘している訳なのだ。
そうしたら突然がらがらと教室の扉が開き、その不動明王が登場して今に至る。

不動明王の席は私と席を一つ挟んで右隣という微妙なところで、不動明王は何かのプリントにすらすらと真っ黒なシャーペンを走らせている。
もしかして、不動明王もテストの点が悪かったのだろうか。
不動明王には不良でもなんとなく狡猾というか頭が切れるイメージを私は勝手に持っていたから、そう思うと急に親近感が湧いてきた。
私はプリントの隅っこに不動明王をデフォルメ化した絵を描いた。
私、落書きは結構好きなんだ。
困った顔をしている不動明王の絵。数学がわからなくて困っているという設定。
不動明王は髪型が奇抜だからとても描きやすい。
その点でモヒカンはとてもいい。
この絵と不動明王を見比べるとわりと似ていて、思わず吹き出しそうになるのを堪え切れず、ふ、と出たそれを咳をして誤魔化した。
無言の教室には咳が爆音のように響いた。
恐る恐るちらっとまた不動明王を見ると、どうやら気にしている様子も無くほっとした。

それにしても、なんなんだこのプリントは。
だいぶ時間が経ったがやっと計算問題が終わっただけで文章題が全く手のつけようがない。
まず問題の意味がわからなかった。
数学なんて大嫌いだ。
それと自分のちっちゃな脳みそも。
苛々してシャーペンをこつこつこつと机を突いて溜め息を吐いた。

しょうがない、半分白紙で出すか、と思い立ち上がろうとしたら隣で椅子の引く音がした。
不動明王がプリントを持って立ち上がり前の教卓にそれを置いたのだ。

どんな問題を解いていたかは知らないけど私より遅く来たのに先を越されて悔しかった。
席に戻って帰る支度をする不動明王が視界に入る。
ああ、きっと不動明王が居たから集中出来なかったんだ、くそ、とこの期に及んで人の所為にする自分にまた嫌気が差した。

すると突然、無言の教室に一つ言葉が落っこちた。

「おい」

それは他ならぬ、不動明王の声だった。
私はどうしていいかわからず全身を固く強ばらせた。

「おい、聞いてんのか」

いつの間にこんなに近くに来ていたんだろう、不動明王が私の肩ががっしりと掴んできた。
私の口から恐怖故に「ひっ」という情けない声が洩れた。
怖い怖い怖い、どうしようどうしよう!

「すいません、すいませんどうか命だけは……!」

「はぁ?何言ってんだお前」

私の肩から手を離した不動明王は短い眉を不機嫌丸出しでひそめる。
それを見た私の恐怖バロメーターはどんどん上がっていった。
そんな私を余所に不動明王はプリントに目線を落とした。

「おい、なんだよこれ」

そう言ってプリントをふんだくられた。
あ、そういえばあの落書き!
時すでに遅し、不動明王はまじまじとプリントを見ていた。頭の中で心の断末魔が響き、サーッと血の気が引く音がした。


「へったくそな絵だな」

「ご、ごめんなさい!」

私は素直に謝った。命乞いと早く帰ってくれという意味をこめて。
不動明王はさっきよりも眉間に皺を蓄えていて、もうなんだか一発殴られそうな雰囲気だった。
落書き見られたし、殴られてもしょうがないか。
私は覚悟を決めて奥歯を噛みしめた。でも怖いよう。

「今度はもうちょい上手く描け」

「え」

不動明王は特に怒っておらず私は拍子抜けした。しかも、もうちょい上手く描けとは……、恐るべし不動明王。
多分数々の修羅場を掻い潜ってきたんだ、私の落書きなんかカス程度のものだったんだろう。
なんにせよ、不動明王の怒りの片鱗に触れなくて本当によかった。殴られなくて本当によかった。

「で、こっち、真っ白じゃねぇか」

不動明王は文章題の空白を差して言った。

「あ、わかんないんです、すいません」

とりあえず謝っとけ精神は対不動明王用である事をここで宣言しておく。
いつもの私はここまで低姿勢ではない。
不動明王の真っ黒いオーラがそうさせるのだ。
ほら、見下したような顔をして半笑いなんかしている。

「ここは公式を当てはめて考えんだよ」

「公式……?」

「チッ、そっからかよ」

舌打ちを食らった私はまたまた恐怖に駆られた。
すると不動明王は私の持っていたピンクのシャーペンを乱暴に奪いサラサラとプリントの余白に公式を書いてみせた。一瞬不動明王の手が触れて私はびくっとした。心臓に悪いよ。

「これに代入してみろ」

「は、はい」

不動明王からシャーペンを返してもらい頭をフル回転して式を書き出した。不動明王にガン見されて上手く手が動かずガタガタな数字と記号が並んでいく。
背中に冷や汗が伝った。
やっとの思いで書き終え、シャーペンをプリントから離した。

「お、あってんじゃねぇか」

「ほんと!?」

私の口からポロッと出た素の言葉に自分でも驚いた。

ていうか、なに、今。
不動明王に数学教えてもらっちゃった……?
不動明王って私と同じで馬鹿なんじゃなかったっけ?あれ?

「お前、意外に馬鹿なんだな」

「あはははは〜、そうなんですよ〜」

本当の事を言われても反論出来ないので機嫌を損なわないよう愛想笑いをした。
そして私は不動明王が教えてくれた公式を使って次の文章題を解いた。
うわあ、解けるとこんなに面白いんだね、数学って。
問題も残すところあと一つ。
ゴールはすぐそこだ。


そう思っているといつのまにか黒いエナメルバッグを肩に掛けた不動明王が私の机の前に立っていて、グーの形をした手を私に向けていた。
目の前にある拳に私はとうとう殴られるのかと悟った。
私何かした!?
いや、何もしてないのに絡んでくる、それが不良だ。
誰か助けてえええええ!


「やるよ」

「へ?」

「これやるっつってんだろ!早く手出しやがれ!」

「わああ!すいません!」

不動明王は拳をぶんぶん振り顔を真っ赤にして怒り出した。
うわあああ!命が危ない!助けてお母さん!
私は言われた通り両手を差し出すと間髪入れずに不動明王の拳がバンッと降ってきた。

「ほらよ!」

そう言うと不動明王は足早に教室を出ていった。
教室のドアがありえないくらいの爆音を鳴らしてしまった。
もうちょっと優しく閉めようね、不動明王。

不動明王の背中を追った視線を私の手の中に戻して残されたものを見つめた。


はちみつのど飴


可愛らしい蜜蜂の絵が描かれた包装のはちみつのど飴、本当に不動明王がくれたものなのだろうかと錯覚するほどだった。
というか、なんで私にくれたんだろう。



すると、廊下側から大きな声がした。

「お前、さっき咳してただろ!それなめて早く風邪治せ!」

ぶっきらぼうに叫ぶ声に私は心がときめくのを感じずにはいられなかった。

私はこの想いを伝えようと意を決し精一杯声を張り上げ言った。

「ありがとう!!」

「感謝しろバーカ!!」

あっちも負けじとデカイ声。
自然と笑みがこぼれてきてしまう。
そして少しの空白の時間、破ったのは不動明王。


「じゃあな、名字名前!!」

ダッダッダッと廊下を駆け抜ける音が響く。
私は名前を呼ばれた事に軽くショックに近いような衝撃を覚えた。
しかしそれがまたときめきを通り越した何かだという事に気がつくと、この想いをどうしたらいいかわからなくなった。
気を紛らわすため教室を歩き回っていると教卓にある不動明王のプリントが目に入った。
それは私の知ってる範囲を超越した超絶難しい問題のプリントだった。
感づいてはいたがやはり不動明王は頭が良かったようだ。

「いいとこ取りじゃん」

なんとなく悔しくなった私は握りしめていたはちみつのど飴をおもむろにパクリと口に運んだ。
すると自然に心が落ち着いていき甘さが身体中に広がっていった。
少しスーッとするところは不動明王の不器用な部分みたいだった。

なんで私こんなに不動明王にきゅんきゅんしているの。

口の中で飴をコロコロと転がしながらそんな事を考えた。
プリントは終わりそうだけどその答えはまだ見つからない。

でも咳してよかったなんて考えちゃう思考回路に私は、
やっぱり答えはアレしかないのかな
と思ってしまっていた。



(20110101)









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