10000打記念企画 | ナノ


「いつもお仕事お疲れさまです」
「ええ。すごく疲れてます。具体的に言うと局長のおかげで」
「そんな、照れますよ」
「どこに?」
「…冗談です」
「そ」

短く言い終えるとなまえは調理場の奥へと戻っていった。
その間僅か15秒。
そのやりとりを周りで見ていた隊士達の背筋は冷え切っていた。が、当の本人、佐々木異三郎は特に気にとめる様子はない。
いつも通りの無表情だ。

見廻組女中であるなまえは、所謂高嶺の花と言う奴で代々名家に勤めている家の出である。しかしその表情は氷のように冷たく、態度に至っては絶対零度。
話しかけて一刀両断された者も少なくない。
そしてその中で唯一何度斬られても立ち上がる男こそが局長、佐々木なのである。

「お待たせしました」
「いつもありがとうございます」
「…仕事ですので」
「そうですか。出来れば私はもっとお近づきになりたいのですが」

そういう佐々木の手にはなまえの携帯が握られていた。
そのまま素早くなまえのメールアドレスを打ち込む。


「その携帯依存症具合じゃ仕事に支障を来す日も近いですね」

が、健闘空しく携帯はすぐに取りかえされてしまった。
あと数秒あれば全て入力出来たのに。と呟く佐々木になまえは今度からは電源を落としておきます。と返した。

「次の方ご注文は」

彼女はその隙のない手強さから難攻不落の要塞とまで言われている。





そんなある日。
なまえは明日の朝食の仕込みで夜遅くまで調理場にいた。
最後に冷蔵庫の中身を確認していると何処からか足音が聞こえてくる。
ふとそちらに顔を向けると、薄暗い中白い彼がこちらへ向かってくるのがわかった。

「今、帰りですか」
「ええ」
「夕食は」
「まだです。すみませんが適当に何かいただけますか」

その言葉を聞いてなまえは瞬時に残りの食材をまな板に並べた。
有り合わせなのでそれなりのものしか作れないが彼は特に文句を言う方ではないので(というか寧ろ毎回律儀にお礼を言ってくれる)気負う必要はない。
ただまあ、明日の朝に響かないようにしなくては、となまえは包丁を動かした。

「ありがとうございます」
「いいえ。夜遅くまでご苦労様です。けど、食事は規則的に取った方がいいですよ」

調理器具を洗いながらなまえ。
食事に口を付けた佐々木は美味しいです、と静かにつぶやいた。
思えば、毎回毎回こんな風に感謝を口にしてくれるのは彼くらいのものだ。
こっちだって仕事なのだし、別にそんなものいらないのに。

ぽとりと蛇口の先から雫が一滴零れ落ちた。


「ああ、明日の夜は要りません」
「…言ったそばから」
「恐らく大捕り物があるかと。総出で行う予定ですので」
「…そうですか」

なまえの胸の奥で、ずしり、と何かが沈む。
同時にどうして自分がこんな思いをしなければいけないのかと苛立ちを覚えた。

「貴女の作った食事を口にできないのは非常に残念なのですが」
「馬鹿じゃないの?」

だが直後のいつものやりとりは随分と思考回路を引き戻してくれた。
途端に口をつく悪態。
どうしていいのか分からなくなってフイ、と顔を逸らしてなまえは後ろを向く。

「おやすみなさい」
「ええ」

佐々木には深夜に何度もあったことがあるが、「おやすみ」を言われたことがなかった。
恐らくはまだ寝ないのだろう。
だからせめて食事くらいはと気を使っている。
挨拶は彼の育ちの良さを体現しているだけだろうし、それを美味しいと言っていてくれたのは社交辞令だろうし、さっきのもいつもの笑えない冗談だろう。

なのに、何故こんなにもかき乱されるのか。
何故、こんな思いをしなければならない。
そんな思いが爆発した瞬間、なまえは足を止めた。

「〜〜〜〜〜!」
「苗字さん?」

勢いよく胸ポケットの鉛筆を、同じく入っていたメモ用紙に叩きつけるように紙を鉛でえぐる。
それを佐々木の手に握り込ませるように手渡すと、いつもより威圧感のない顔で叫んだ。

「明後日食べたいものでも送ってきてください!献立考えるの大変なんで!」

今度こそなまえは去っていった。
自分の手の中にある和紙に書かれた英数字を、佐々木はぽかんと眺める。
それがなんとも満足そうに優しい眼差しになるころ、彼女もまた、笑っているのだった。


陥落は、案外遠くないかもしれない。


難攻不落

(朝起きたら未読メールがもの凄いことになっていて私は若干後悔した)


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10000打記念企画。瑠々璃様に捧げます。
大変お待たせしました。
なかなかなびかないツンツンデレヒロインでした。

しかしヒロインが素直じゃないとサブちゃんがすごく素直になってくれますね←

ありがとうございました!


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