10000打記念企画 | ナノ


「なまえさん、貴方こんな事してて退屈じゃないんですか?」
「うん!」
「…そうですか」

即答する恋人に私は一瞬言葉を失い手を止めた。
何しろ今私は局長室でひたすら書類を処理しているのであって、会話もロクにない状態だ。
自分も相当図太い方だとは思うが、それでも何の面白味もないこの状況で、にこにこと仕事が終わるのを待っているなまえさんの心境を推し量ることはできない。
というか、彼女は今なお上機嫌で辺りに置いてある資料などをめくっている。

「まだまだ終わりませんよ?」
「うん。いいよ」
「……そうですか」

また即答。そして会話終了。
ああ、今手元にケータイがあったなら、と胸ポケットにある重みが急に恋しくなる。
多少彼女は言葉が足りない節があるので、そういう意味でもメールはよくしている。
しかし今私の右手は筆、左手は書類で塞がっていてそういう訳にもいかない。少しだけ自分の地位を恨めしく思ったが、余計なことなどしていないでさっさとこれを済ませる方が自分の為であり彼女の為だ。そう思い直して、同時に筆も持ち直した。


「……」
「……………」

……………………。
沈黙で耳が痛い。
だというのに、なまえさんは今にも鼻歌を歌い出しそうだ。

ああ、もう、集中出来ない。


「なにが、そんなに楽しいんです?」
「…?」
「貴方も暇ではないでしょう。意味もなくここにいても、時間の無駄ですよ」
「……」

とうとう我慢できなくなって聞いてしまったのだが、なまえさんは答えに詰まってしまった。言い方が少しきつかったか。などと後悔してももう遅い。メールのように、打ち直すことなど出来はしないのだ。


「楽しい、もだし嬉しい、もかな?」
「…………」

答えてくれたことに安堵しつつも、なんで疑問系なんですか、と思わず口をつきそうになった。
だがそれとは別に、じわりとなにかが胸の奥の方で広がっていく。

「佐々木さんがいっぱい怪我して帰って来たとき、ずっと一緒にいられるわけじゃないんだ、って思ったら、なんだか急に怖くなって。

だから、一緒にいられて楽しいし、一緒にいてくれて嬉しいよ」
「……」
「ねえ、佐々木さんは?」


にこり、と。
感情をそのまま体現した笑み。

騙しあいなど、慣れている。
情など、とうに棄てた。
……しかしどうやらそんな三天の怪物も、この無邪気で無垢な微笑みの前ではてんで無力らしい。

満たされていく幸福に口元をゆるませながら、私はそう思った。


貴方の目を見ると私は満足に嘘すらつけないようで。

(好きでもないのに、一緒にいませんよ)
(…うん!)
(……………)



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10000打記念企画。まるこ様に捧げます。
口にもないこと言う佐々木さんが大好きですが、
振り回されて嘘のつけない佐々木さん…!!いいな…!!とかっとなりました。

すてきなリクエストありがとうございました!


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