放課後の二年十三組の教室。
二人の男女を除いてそこには誰もいなかった。(まあ元々、実質一人しかこの教室を使ってはいないが。)
男の方はゆったりとした民族衣装風の制服に校章の入った目隠し布をつけた長者原融通。本来この教室を使用すべき人物だ。
女の方は自信の無さそうに伏せられた瞳が印象的な−十三組の苗字なまえである。
「わたくしめに何かご用でしょうか?苗字さま」
「…っ」
長者原は優しい口調でなまえに問いかけた。怖がりななまえが怯えないようにだ。
しかしそれでも竦んだなまえだったが、その目は怯えながらもしっかりと覚悟をたたえていた。
「えっと、あああの、もう、多分、分かってるだろうけど、その、い、いわ、言わせてほしい…こと…が、あって」
どもった口調はいつも通りのままに、箱庭学園のものではない制服のすそを握りしめて振り絞るように声を出しているなまえ。
対称的に冷静な長者原は「はあ。なんでございましょう」と首を傾げた。
分かっていないのかフリなのかの判断はなまえには出来なかったが、それでもその喉から、か細く小さい声で、言葉を絞り出した。
「好き、です」
振り絞った声はいつもよりずっと震えていて、必死なことは明白だった。
諦めたように笑ういつもとはちがって余裕のない赤い顔。
それでもその言葉を発することが出来て、すっ、と荷物を下ろしたようにその表情からは険しさが消えた。
しばしの沈黙。
しかし、長者原の反応はなまえの想定していたどんな反応でもなかった。
「………分かりました」
「…え、え?」
なまえにしてみれば一世一代の告白だった。
勇気を出して恥を忍んで、終止符を打って前に進もうと告白した答えが、これとは。なまえは訳が分からなくなりそうだった。
「それで、苗字さまはどうされたいのでしょうか」
「……………………?」
なまえには長者原の言いたいことが分からなかった。
除外されて排除されて侮蔑されて嫌われて生きてきたなまえは、自分が想いを伝えることすらおこがましいと感じていたのだ。
それ以上を望めと、そう言いたいのだろうか。
だとしたら彼はとても優しく公平で、とても残酷だ。
「想いを伝えられればそれでいいなんて、随分と欲がないのですね」
「…だっ、だ、だって…っ。私、私なんかが…っ、それを言ったところで…っ」
「そういう割には、わたくしめに告白したじゃありませんか」
「そ、そ、それ、それは、あの、球磨川さん、球磨川さんが、あの…っ」
一旦引きかけた顔の熱がぶり返し…どころか確実に先ほどより赤みが増している。耳まで真っ赤だ。
それを見て長者原は少し考え込むように動きを止めた。が、それはほんの数秒のことであった。
「球磨川さまの仰ることは聞けて、わたくしめの言うことは聞けないのですか?」
「………………え、う、あ、」
ふわり、とどうやって距離を詰めたのか分からないが、急に目の前に長者原が迫っていることだけは分かる。
薄く透けた布の先の瞳と目があった気がして、なまえはじりじりと後退した。
「貴方の口から、聞きたいのですが」
しかし幾ばくもなく腕を掴まれてそれは阻止されてしまった。
やんわりと命令的な口調が頭の中に染み込んで、思考が支配されてしまう。
「それだけ、ですか?」
「あ……………」
居竦まれたように、長者原から目が離せない。
頭の中が真っ白になって、ぽろりと何かがこぼれ落ちた。
「つ、つきあって、下さい」
視界には「よろしくお願いします」と微かに微笑む彼。
きっとこれは夢か幻か何か、もしくは何らかのスキルで、現実の事ではないような気がする。
けれども掴まれたままの腕から伝わる体温は、紛れもなく彼そのもので、その事実はそのままこれが現実であると伝えていた。
夢を見るなら黄昏でしょう
(く、くま、球磨川さん!終わりって、終わらせろってゆった!ゆったのに…!)
(『あーあ』『また勝てなかったぜ』)
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10000打記念企画。ひとかん様に捧げます。
タイトルはカカリア様より。
リクエストは嫉妬からの強引でS気味な長者原くんでした!
駄目だ…こんなに心躍る素敵なリクエストだというのに…。
普段自分の書いてる長者原くんがヘタレすぎてうんともすんとも動いてくれず、大変お待たせしました…!!
今回は本当にありがとうございました!