捧げ物 | ナノ

佐々木家の朝は早い。
世間的な地位と責任以上に頑張るこの人はやはりすごいと毎朝智香は思うのだが、とある事情で途切れていたためしばらくぶりの再開だった。

「じゃあ、くれぐれもお気をつけて」

念を押す、というか押しつけるような威圧感を放ちながら笑顔を作る智香。異三郎は我が妻ながら器用なものだとどこか遠くで関心する。

「念頭に置いていますよ。パートナーくらい信用したらどうです」
「え?肩の傷治ったかと思ったら腹かっさばかれて、あげくそのまま出歩いて入院するような人が何を置いてるんですって?胸に手を置いて考えてみたら?」
「その件については心配かけて悪かったと……思ってる」

そう言って、異三郎はあやすようにぽんぽんと軽く頭をたたいた。

本当にもう。
目の前の男は本当に分かっているのだろうかと智香は再三思う。
肩の傷だけでも心配だったのに、その記憶が新しいうちに生死の境をさまよわれたときは気が気でなかった。
信じてやるのが妻の務めだとは思うのだが…異三郎についてはそんな次元の話を越えている。
覚悟していたはずなのに、いつまでたっても慣れない。

……それでも、頭に置かれた手に絆されて許してしまいそうな自分がいる。
きっと夕食を用意しながら異三郎のことを考えるだけでこの怒りなどどこかへ行ってしまうだろう。

「今日は職場復帰記念に夕食豪勢にするから、早く帰ってきてね」
「楽しみにしています」

その言葉にそっと手を握って。
心配は消えない。不安も消えない。
それでも込み上げる愛しさに正直にいたい。


「いってきます」

だから今日も、精一杯の愛を込めて見送るのだ。

「いってらっしゃい」

薬指におまじない

(今日もあの人が無事に帰ってきますように)


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8000を踏んでくださった柿さまに捧げます。

甘い…って何でしょう。
いつもよりは甘いと思いますが…難しいです…。

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