捧げ物 | ナノ

「おはようございます、異三郎様」

声をかけた後、返事を待って佐々木家の使用人である智香は部屋に入った。

「昨日はよく眠れましたか?」
「ええ。まあ」

部屋の主――佐々木異三郎は寝起きなのかそうでないのかよく分からない目をしながらゆっくりと振り向いた。
すでに着替えは済んでいるが、いつもの白い制服ではない。

「あ!また仕事持ち帰ってますね!」

机の上に置かれた書類を目にして怒る智香。佐々木は素知らぬ顔で智香の運んできた朝食に手を伸ばしている。

「久しぶりに本家に帰ってきたんですから、仕事は忘れてくださいよ。ただでさえ忙しいのに身体を壊してしまいますよ?昨日の夜だって何の連絡もなしにいきなり帰ってきて!朝食だって、皆様でお召し上がりになればいいのに……」

くどくどと続く説教に、返事がない。
聞いてるんですか異三郎様!と智香が振り返って、続く言葉を失った。
佐々木が勢いよく朝食を口にしていたからだ。
長い指が流れるように箸をさばくいつもの食事ではなく、これではまるで彼の言う"品のない凡人"そのものだ。
呆気にとられてぽかんとしていた智香だが、不思議と怒る気にはなれなかった。

「お腹、空いてらしたんですか」
「ええ。仕事が長引いてしまって食べる暇がなかったんですよ」
「言ってくだされば何か用意しましたのに」
「私としたことが、疲れて寝てしまいました。智香さんの顔を見たら、気が抜けてしまって」

それでも口を開く際は飲み込んでから、というのは佐々木の性格を表していると智香は思う。

「悪かったですね。気の抜けた顔、していて」
「いえいえ。これもある意味才能ですよ」
「…そんな才能嬉しくも何ともないですけどね、そう言うなら今日一日はゆっくり休んでください」

食べ終わった膳を下げて、お茶を運ぶ。
空の真ん中に黒い影があるほかは、太陽があたたかく降り注ぐ実に平和な日和だった。

「良いお天気ですね」
「そうですね。こういうのもたまには、悪くない」
「はい」

お茶をすする音が静かなその場に響いた。
智香がちらりと横を盗み見ると、佐々木はなにをするでもなく、空を見上げていた。
これはとても良いことだ、と思わず笑みがこぼれる。
こんな時間がずっと続けばいいのにと。

―――その時、佐々木のケータイが鳴り響いた。
すかさずケータイを開く佐々木。その所作は見とれるほどに無駄がない。
どうやら電話のようで、先ほどからは180度変わった真剣な顔つきで話している。

なんとなく、悪い予感がする。

「…すみません。急な仕事が入りました」
「い、異三郎様ぁ?」
「………」

恨みがましく視線を送れば、朝食美味しかったです、という呟きが聞こえて。
ばさりと翻った白に智香はなにも言えなくなってしまった。


ウィークデー
(来週も帰ってきてくださいね)
(…言われなくてもそのつもりです)



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2000ヒットを踏んでくださった夜宵様に捧げます。
ほのぼの…になっているかは自信がありませんが、使用人ヒロインを書けて満足です。
佐々木さんの素を目指して。

夜宵様、リクエストありがとうございました。
ご本人のみ、お持ち帰り可です。

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