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『やあ』


そう言って球磨川禊に声をかけられるのは二度目だった。一度目は、沖縄から帰った次の日の朝、時計塔の前で情熱的に−十三組に入らないかと口説かれた次第であるが、晴日はけろりと「連合の一委員であり選管の手伝いでもある自分は完全なる中立であってそんなことはできない」といってのけて、驚くことに何のお咎めもなくその話は終わった。
今日も今から選挙管理委員会室に出向くつもりなのだが、またその前に呼び止められてしまった。今度は人気のない廊下で。もしかしたら行動パターンを把握されているのかもしれない。限りなく無意味だが。

「おはようございます。どうかされました?球磨川先輩」
『おはよう晴日ちゃん』『実は今日は君に折り入って聞きたいことがあるんだ』
「答えられる範囲なら、どうぞ質問してください」
『こないだの僕と善吉ちゃんのバトルをしきってくれた選挙管理委員会の副委員長の長者原君についてなんだけど』『彼の異常って公平なんだっけ』
「そうですよ。いついかなる時も、どんな事態になろうとも。彼の目の前で起こる現象は常軌を逸しませんし、自身がどうなろうとも公平を貫きます。不正や袖の下が全く通用しませんよ」
『すごいよねえ彼』『僕みたいな嫌われ者にも本当に変わらず接してくれるんだもん』『嬉しいなあ』
「…。それが彼の良いところ<プラス>ですから」
『ねえ晴日ちゃん』『こんな嫌われ者の僕の夢を聞いてくれるかい?』

くるりと貼り付けたような満面の笑みで振り向いて、球磨川はその濁った眼で晴日を捉えた。何やら雲行きが怪しくなってきている。しかし風に流されるだけの雲を止めることなどできはしない。そして晴日は了承の必要がないことなど知っていたし、球磨川もそれを待たずにねっとりとした毒の甘さを孕んだ声で話し出す。驚くほど白い肌が髪と制服のコントラストでより強調されていて、つくりもののようだった。

『僕はね、ずうっと欲しかったんだ。放課後一緒に帰ったり休日に遊んだりテストの愚痴をこぼしたりする、僕のことを僕としてみてくれる、たった一人の人が』『友達が欲しかったんだよ』
黒い学生服を翻す大仰な身振りで、芝居がかった口調で、周りには晴日しかいないというのに大勢に問いかけるような姿勢で、夢を語る過負荷<マイナス>の歪さと言ったらなかった。晴日が僅かながらも嫌悪を感じているという事は、この男に対して自身の異常<アブノーマル>が効いていないことを意味する。しかし晴日は焦りを滲ませつつもしっかりと球磨川を見ていた。球磨川はその違和感に気付きつつも、それがどうしたと言わんばかりに声を張り上げる。
『でも内心諦めていたんだよ?』『僕みたいな奴<マイナス>にそんな幸せ<プラス>があっていいはずないからね』『でも、彼は違うね』『彼は偏見や差別なんてしない。出来ない。』
「……それは、それが長者原くんの異常<アブノーマル>だからです。長者原くんが球磨川先輩をどう思っているかなんて、先輩には分からないじゃないですか」
『あれ?』『随分とおかしなことを言うね』『晴日ちゃんだってそうでしょ?彼に好かれてるかどうか、君の異常が効かない以上わからないんだから』
「……でも、球磨川先輩のそれは、それは長者原くんと友達になりたいんじゃない。公平の異常を持つから、でしょう」
『うんうん確かにそうかもね』『でもね』『異常だって過負荷だってそれはその人自身の一部じゃないか!彼のことは大好きだけど異常は嫌い!なんておかしいよ。異常が嫌いならその人のことは嫌いなはずだ』『…で?彼の持つ以上を求める僕の何が悪いの?』



『 君 だ っ て そ う だ ろ ? 』


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