シャッフル! | ナノ




例え自分が幸せの絶頂にいたとしても。仕事にそれを持ち込むわけにはいかない。が、人間だもの。どうしても顔がしまりない…という事はもちろんなく。長者原融通は今日も今日とて無表情に来る生徒会選挙に向けて仕事をしていた。現在は「起きている2時間」である大刀洗も同様にだ。と言ってもいつも通り布団に寝転がっているのだが。

「長者原くんてさ〜春日さんのこと普段なんて呼んでるの〜?」
「…はあ。委員長。これは一体どういった意図でございましょうか。というより仕事に取り掛かってほしいのですが」
「え〜?別に〜?気になったからかな〜?」
(…嘘だな。そしてどう答えようと絶対碌な結果にならないな)
二年になる付き合いから長者原は瞬間的に確信していた。目元はアイマスクで隠れているが、その顔は新しいおもちゃを見つけた子供の無邪気さと残虐さが否応なしに滲み出ている。つい最近付き合うという結果に落ち着いた晴日と長者原はその特異すぎる存在から好機の目を向けられることは少なくない。が、大抵特異すぎる故に被害が及ぶことはない。しかしこれ以上なく厄介な人物に捕まってしまったものである。大刀洗も年相応の女子高生だったという事だろうか。否、堅物の部下を面白がっているだけだろう。
長者原は素早く時計を確認した。大刀洗が目を覚ましてから間もなく1時間30分が経過しようとしていた。…あと、30分逃げおおせれば彼女は深い眠りにつく。

「付き合ってるのに今まで通り春日様はないでしょ〜。ねーわ〜引くわ〜〜」
「……」
「なんかぎこちないっていうかさ〜あんまり新鮮味がなくて面白くないんだもん〜」
「……僭越ながら述べさせていただきますが、委員長。あまり人の恋路を自身のエンターテイメントにしないでいただきたく。というかサボらないで下さい。唯でさえ仕事が立て込んでいるのですから」
「そんなんじゃ初めからマンネリ化して、あっという間に飽きられちゃうよ〜?」
「……っ」

再三の長者原の言葉もまるで無視である。時間は有限であり、特にこの、大刀洗斬子に至っては一日の実働時間は二時間である。長者原はそれに対する文句は言わない。どころかその大刀洗を、働かない彼女を立て続け委員長にまで押し上げた人物である。今更その点について言及するなどという野暮なことはしない。だからこういう場合大抵長者原の方も無視してそれとなく仕事に状況が傾いていくのだが。今回の長者原の、少し強張った表情を大刀洗は見逃さなかった。
長者原も、自身の異常の根幹であり、一番自信のないところを無遠慮に踏み荒らされたものだから勢いが失せてしまっている。
「だからさ〜?変えてみようよ呼び方〜。男らしく呼び捨てとかさ〜」
「もう!放っておいてくださいよ」
「え〜恥ずかしいの〜?仕方ないなあ長者原は〜。う〜ん、じゃあさ〜晴日が無理なら晴日ちゃんとか〜?」
「余計にハードルが上がってます!」
「え〜どうして〜?みんな呼んでるじゃ〜〜ん」
「わたくしめも困っているんですから、からかわないでもらいたいのですが。出来ればそっっとしておいて、お手元の書類にサインを頂けるとわたくしといたしましても感無量なのでございますが」
「え〜〜〜。習うより慣れろって言うし〜。うじうじするならためしに一回呼んでみれば〜?ていうか呼ばないと仕事しねえぞ」
(人の揚げ足取りやがってこの怠惰が…!!)
にやりと。剣呑な笑みで大刀洗は笑った。
確実に、絶対、楽しんでいる。この状況を。長者原にとっては一ミリも面白いことなどなかったが大刀洗は実に愉快そうである。基本的にできる奴というのは、性格があまりよくない。何でも思い通りになってしまうがゆえに、思い通りにならない他人の厄介ごとに目がないのである。
長者原は観念した。腹をくくった。もし今ここで尻尾を巻いて逃げだせば、仕事をサボられるばかりかあることないこと晴日に如何にも真実といったていで話すだろう。それだけは避けなければならない。きっと晴日は「そうなんだ」といって勝手に納得するだけだが、誰にでも公平なはずの長者原も、好きな女の子に妙な誤解はされたくないのである。
「……晴日……ちゃん」
「あっはっはっはっは〜〜〜〜最高ににあわな〜〜〜いおもしろ〜〜〜い。でもよかったね〜本人は嬉しいみたいでさ〜?」



「 は 」



えげつない所業をやってのけた大刀洗はそんな様子を微塵も見せず実に可愛らしくけらけらと笑う。そのあとにちらりと後ろにある棚の、丁度人が一人くらい死角になる影を振り返る。しかし、長者原は、長者原融通はそれどころではなかった。表面上はあまり変化がないようだが、内心大パニックだ。大刀洗に笑われたとか馬鹿にされたとかそんなことは些細なことでどうでもいいとばかりにその次の言葉が長者原の頭の中でリフレインされて、その後の視線の意味を考えて硬直した。それでも、覗いてはいけないと頭が警告するのにどうしても大刀洗が振り向いた方向に足は赴く。
「えーっと、あの、と、融通くん…?」
「     」

そこには体を丸め、真っ赤になりながら自身の名前を呼ぶ恋人の姿があって、長者原は今度こそ本当に硬直した。


愛が届くまでの距離

(晴日……様…。あ、申し訳ありません本当に、大変、恐縮なのですが、ご勘弁を、その、)
(先は長そうだね〜。おやすみ〜〜)
(面白いものを見せるって言っといて!置いてかないで…!)



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タイトルはカカリア様より。
50000企画より副委員長を「ちゃん付け」でした。
呼び捨てよりもハードル高いですね。遊ばれてる系長者原君。
素敵なネタをご提供いただきありがとうございました


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