シャッフル! | ナノ




「どうしよう…」
二月初旬、ピンク色に彩られたバレンタインデーコーナーで、晴日はスマホを握りしめながら呟いた。
若い女性でごった返すそこに、偶然買い物に居合わせた男性諸君はかなり引きぎみである。しかしこれが実態だ、とくと刻んでおけとばかりに彼女たちは猛々しかった。菓子製造会社にとっても、一人しかいない本命より、義理としがらみの方が遥かに売り上げに貢献しているのだからそれを助長させることに力を惜しまない。
晴日は別に、目当てのものが買えないで困っているとか、そういうことではなかった。寧ろすでに買い物は終わっているし、今すぐこの場から立ち去ってもなんの問題もないのである。しかしそれをしないのは、否、出来ないのは、この場の空気を借りねば行動を起こせそうになかったからだ。スマホには明かりが点っていて、メールアプリが起動されている。宛先は、長者原融通。
ことの経緯は、友人らが長者原にもチョコを渡したいから学校に来るよう促してほしいと頼まれた、というもの。
登校義務が免除され、通常学校に来ていない長者原を、呼び出せばいいのだ。それだけだ。
たまに長者原とメールのやり取りをする晴日ではあるが、実は自分から送ることは初めてだった。大抵は長者原の「明日学校に行きます」という旨のもので晴日はそれに対しての返信と少しの雑談を送る。その程度の繋がりだった。

「送っていいのかな、迷惑じゃないかな…」
多分、春日晴日という人間は、恐ろしいほど自分に無関心で興味がなかった。だからこそ、そんなことを、自分が彼に対してどう思われるか、気にする時点で結果は見えている。というか、見透かされている。主にクラスメート達に。
しかしやっぱり晴日は自分に関心がなく気づかない。なんとも滑稽である。

「……よし」



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to 長者原融通
sub

text 突然なんだけど、長者
原くんって次いつ学校くる
のかな?

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一気に打って、打ち間違いの確認だけして、送信ボタンを押した。
もう一度いっておくと、晴日の目的は長者原にバレンタインデーに学校に来てもらうようお願いすることである。そこから会話に繋げる意図もなしに次にいつ学校に来るかなどと聞く意味はもちろんなく。全然、「よし」ではないのだが。彼女が満足したのならそれでいいのだろう。
晴日は売り場から離れ久々の一人歩きを楽しみ、帰りの電車に乗ったところでメールが届いているのに気がついた。

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from 長者原融通
sub re

text お久しぶりでございま
す。いかがお過ごしでしょ
うか。
次の登校と致しましては、
美化委員会より物品返却が
御座いますので2月14日に
なります。

遅くとも昼休みには選挙管
理委員会室におりますので
、なにかご用があればお申
し付けください。

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「え」

同級生に送るメールとしてこれは不適切の域だろうとか、ああ、バレンタインデー学校にくるんだとか、浮かんだのはそんな感想ではなく。
このあと晴日は自分の迂闊さと不用意さと、その他諸々の諸事情により受け容れるまでもなく固まって、一駅分乗り過ごすことになるのだがーーーそれは彼女の秘密である。

スロウスターター
(返信が帰ってこないが何かあったのだろうか)

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