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「もうすぐバレンタインね。晴日ちゃんはだれかにあげる予定とかある?」
箱庭学園一年十組の、クラスでの何気ない女子の会話、と言ったところだろうか。廻栖野、十二町、呼子、晴日の四名が休み時間にそんな話をしている。
町はピンク色。甘い香りが漂い、それが学校にも蔓延しているのだ。
「そうだね。そろそろ準備しなくちゃいけないな。廻栖野ちゃん達やお世話になってる人にあげたいしね」
いつも通りに笑みを浮かべ、何でもなく晴日は呟く。
「『よござんす。差し上げましょう』(夏目漱石『こころ』) あら、おねーさんにもくれるのかしらん」
「うん。あ、もしかして風紀委員会が取り締まったりする?」
「…少なくとも私はそんな野暮なことしないわ。私も、雲仙委員長に渡すつもりだから」
妖艶に微笑む十二町に優雅に微笑む呼子。その間にいて、気づかないくらいに歪な存在感を放つ晴日は、いつも通りすぎるくらいいつも通りで感情がよくわからない。
「風紀委員会がそんなんじゃ、高貴くんが困り果ててる姿が目に浮かぶわね」
「阿久根くんはモテるからね」
隣のクラスのプリンスは、きっとすごい量をもらうに違いない。それ以外の柔道部の苦労が忍ばれる…など、噂話にも花を咲かせながら、話は進んでいく。
「晴日ちゃん、どこまであげる?委員会関係とかどうしようかなって」
端から見れば分かりやすいくらいに好いている彼にはどうするのか、ふいに廻栖野はつついてみたくなって遠回しにそれとなく尋ねてみた。
最も、それは彼が廻栖野にとって『有り得ない』人物であり、どこに惹かれているのかさっぱり分からず、友人を心配しているという意図もあるにはあるのだが。やはり大半は興味本位だ。
「私?廻栖野ちゃん達と雲仙くんと飯塚くんに、真黒さんと………」
他の2人も廻栖野の意図に気がついたのか真剣に聞き入っている。各自余り頻繁に口には出さないが、2人でいるのを見かけた日にはなんでこいつら付き合ってないの?と思っているのだ。
「長者原くん、…………」
「「「!!」」」
―――来た!
緊張が走る。
「……………」
(考えてる!考えてる!)
この状態を上手く表せる言葉があるなんて、なんて日本語は便利なのか。
晴日は虚空を見つめて、ぼぅっとしながらも真剣に考えているようで出歯亀は期待の籠もった眼差しで彼女を見つめる。
「…義理チョコっていうほど固くはないから友チョコでいいのかな」
(そうきたか)
「でも、そもそも来ないだろうし」
そう。長者原融通は十三組。彼に登校義務はありはしないし、厳格すぎるくらいに厳格な彼はそんな行事のために学校に来るような真似はしないだろう。
「渡したいから来てほしいって言えば?」
「その為だけに来てもらうなんて出来ないよ」
「良いじゃない。私達からもあげたいし、晴日ちゃんから言っておいてくれない?」
「廻栖野ちゃん達からも…?」
「うん」
こうすれば彼女は断らない。
晴日が他人の頼みや申し出を断ること殆どない上に即答する。
それは確信ではなく、単なる事実。
「……うん。分かった」
連絡しておくよ、と言って笑う晴日の笑みに、いつもの底知れない雄大さはなく、まるでただの一介の困惑する女子高生。
3人は当日チョコを1つ少なく作ってくることを心に決めた。
要するに世界は恋を知らないのである
(何、つくろうかなあ)
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タイトルはカカリア様より。
夢主が自分の気持ちに鈍感なのは、いつも自分以外の何かを受け容れてるから。
当日のお話もまた書きたいです。