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ある麗らかな日の午後の出来事。



「ほう、お前か。カスに混じってのうのうと生きている元クラスメートというのは」
「へー それはとっても下らないことだねー。私にはとてもできないやー(棒読み)」

後ろから聞こえる言葉に、くる、と晴日は口元にたたえた笑みを崩さずに振り返った。

それはなんとも奇妙な笑いだった。
口元は結ばれたように薄く上を向き、少し細くなった目が確かに笑っているのになんだかちぐはぐで雄大で。
それでいて誰もこの笑みを突き放すことなんてできないし突き放されもしないだろう、

そんな笑み。


長身で継ぎ目のある肌をしたスーツの男と、素肌に直接オーバーオールで豊満な身体を閉じ込めた気だるそうな女は、それを目視してそんな印象を受けた。
道から外れ、輪から排除される自分たちが、である。
そしてまた、2人を視界に入れた瞬間に晴日も理解した。

(十三組だ…)

確かに、先ほど男は晴日の事を元クラスメートだと言ったし、入学式の日に見た覚えがあるとか、そんなこととは全く関係なく。
見た目が醸し出す異様な雰囲気にしても、自分を見下す目にしても、動作一つをとってみても、その全てをひっくるめてみても彼らは異形で、異常だった。


「こんにちは 初めまして。現一年十組春日晴日です。」
「…!」

が、別段そんなものは取るに足らないとでも言いたげに晴日は何でもなく手を差し出した。
この、微塵も動揺を見せないのが春日晴日である。
それが余計に気に障ったのだろう。男の機嫌が目に見えて悪くなった。
角張った空気があたりを包み始める。

「ふん。例え同類でも与えられた立場もろくに理解出来ないような女の手を握る気など―――」

そのまま男はフイ、と踵を返し立ち去ろうと――

「ある」

した瞬間にガバッと、先ほどのスピードの比ではない速さで振り向き、思い切り晴日の手を握りしめた。
皮膚と金属が融合したようなその手は、周りの水分を一気に蒸発させているのが一目で分かるほどの熱を持っている。当然、ジュゥ、と肉の焼けるような音がして晴日の身体が一瞬脈打ち、かすかに悲鳴があがる。

「〜〜〜〜!!」
「どうした?ああ、ぬるま湯に浸かっている貴様には少々熱かったか?」

男が手を握っていたのはほんの数秒であったが、それだけでも辺りには焦げたようなにおいが立ちこめていた。

男が数秒で手を離したのは晴日が無理やり手を離そうとしなかったからである。なるほど、反射で身体こそ瞬間的に強ばったものの、その後無抵抗を貫けるくらいにはこいつも外れているらしい、と口の端を上げる。

「わー。手のひらがまっしろ。これは大変だー。
じゃあ私はこっちの手でしよーっと(棒読み)」

気だるそうにガムを噛みながら、女は先ほど男が差し出したのと反対の左手を差し出す。
焼けただれた右手は見えないかのように目もくれない。
目の前の惨状に、本人含め全く関心がないのだ。

第三者が見れば逃げ出したくなる異様な光景である。

それでも、今この場では気にする方が異常なのだ。


「ああ、よろしく頼むね」

晴日も右手を庇いつつ左手を差し出す。そして女の手を握った
――はずだった。


・・・
ずぶっ。

気づけば手の感触はなく、晴日の指先は女の手があるはずの部位に存在する水のような液体を貫いているだけであった。
そして直ぐに液体は集約し、みるみるうちに手へと戻る。
それらに対する反応を、二人とも少なからず期待したのだが、火傷という物理的なダメージで少し患部を庇っている以外はさして変わったところを見つけられなかった。
どころか最初に声をかけた時と寸分違わぬ笑みを浮かべている。
まるで―――晴日は2人がそうすることが分かっていたかのように。


「……湯前音眼だよ。さーて感動の握手も終わったことだし。そろそろ感動のお別れかなー。(棒読み)」
「鶴御崎山海という。二度と会わないことを望んでいる」


「「仲良くしてね」」


全く心のこもっていない形だけの言葉を、
同じく、右手が焼け焦げたというのに感情の伴わない笑みで見送った晴日がどう受け取ったのかは
その表情から推し量るのは到底不可能だった。

ある日の麗らかな午後の話。
箱庭学園は至って平和だ。


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