シャッフル! | ナノ




蝉がこれでもかと大合唱する中で、選挙管理委員会副委員長長者原融通はぱたん、と理事会室の扉を閉じ、息をついた。
日陰の身である自分がまさか夏にこんな仕事に追われるとは思ってもみなかった。
選挙管理委員会室に戻るとお疲れさまです、と黒子の格好をした部下が冷たいお茶を入れてくれる。

それに口を付けて、ふと、彼女がきていないな、と思う。
いつもなら選管の委員会室にくるはずなのだが。今日は理事長に話を付けるために早く来たからか。そんな事を考えながらコップを机に戻した。

優秀な部下はたったそれだけの所作で長者原の心持ちを見抜いたらしい。
くすくすと微笑ましそうに頭巾の下で笑いあっている。

「副委員長、彼女でしたらこの時間はきっと――――」





「はあー」

異常にして特別に十組に所属する美化委員会副委員長春日晴日は深く息を吐いた。
手足を放り出して、心地よい冷たさと浮遊感に目も閉じる。
すると、どこからともなくぺたぺたと足音が聞こえてきた。


「げ。またいんのかよおまえ」
「やあ!えーっと………た、たー……トビウオさん」
「種子島だ た ね が し ま!いい加減人の名前覚えろっつーの」

その足音の主は色黒で目つきの悪い男――種子島で、引き締まった身体に競泳用の水着を着用してぶつくさと文句を言いながら颯爽とプールサイドを歩いている。
ここは新設されたプールに取り残された旧プールである。もちろんここも競泳部が練習で使っているのだが、エースが不在の今此方を使用する必要はさほどなく、学校側が半面を開放しているのである。
かといって全く練習を行っていないわけでもないし、なにより過負荷球磨川禊によって学園の危機にまで陥っているのだからこんな所でのんびりとプールで遊んでいられるのはよほど神経の図太い、一部の限られた人間だけだろう。
そしてそれが、春日晴日だったというわけである。

「種子島くんは練習熱心だなあ」
「ったりめーだろうが」

律儀にスクール水着でぷかぷかとただ浮かんでいるだけの晴日のそばで足を止めて見下ろす。なんて気持ちよさそうに浮かんでやがるんだこいつは、と半ばあきれ気味ではあるが。
そして浮かんでいようと沈んでいようとその口元はやはり人を飲み込まれそうなほど雄大すぎて不確かな笑みをたたえている。

「ねえ、もし夏休みがあけて球磨川禊のマニフェスト通りの学校になってたら――種子島くんはどうするのさ?」
「どうもこうもねーよ。授業料無償化とかなんとか言ってみても金は必要だからな。ここにいることが出来なけりゃ辞めるしかねーだろよ」
「そっかあ」

自分から聞いておいたくせに何でもなさそうに晴日は返事をした。種子島はなんとなくばつが悪くなって、ざぼんっと隣に飛び込む。急に揺れた水面に晴日は驚いてバランスを崩した。不安定な体勢で突如沈んで溺れかけた所を種子島は晴日の手首をひっつかんで顔を水面まで引き上げた。

「ごっほ、げほ…っ。いきなりそれはひどいと思うな」
「十三組(ジュウサン)に言われたくねーよ。やっぱおまえ、相当変わってるわ」

むせる晴日にそう言うや否や種子島は水を蹴って、しきりのウキを鮮やかにかわし反対側まで一瞬で泳いで見せた。おお、と変わらぬ表情で感心した晴日だったが、三秒後には元通りただクラゲのように浮かんでいるのだった。


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