シャッフル! | ナノ




さあ始めようじゃないか。
栄光と堕落の物語を。

これはかの広量な彼女が自分の狭量さ<アブノーマル>を自覚したときのことだ。
そう、中学二年生―― 一番多感なお年頃だったかな。ま こんな電脳上の文字羅列の情報なんて、少しくらい間違っていたところで誰も確認しようがねーだろうからそれでいいか。

それを端末<ぼく>はただ隣で見ていただわけだが――
この出来事は彼女にとっては笑えるくらいに派手に底抜けて不幸<マイナス>で
カノジョにとっては泣けるくらい惨めで突き抜けて幸せ<プラス>で
君にとってはどこまでもどーでもいいっちゃどーでもいい。
つまるところは、まとも<ノーマル>じゃないのさ。一つもね。

え?なんでおまえはそんなこと知ってんのかって?
おいおい、語り部にそんなこと聞くのは無粋だぜ?
それに僕のことは親しみを込めて安心院さんと呼びなさい―――





「失礼します」

軽く頭を下げて晴日は職員室へと入った。
ここ、小包中学は地元では名だたる進学校であり二年生の段階で進路の設定をさせるのだ。
そんな事情でまだなにも決まっていない晴日に目標を用意すべく、急遽担任による二者面談が行われているのである。

「貴女は成績もいいし、ここなんかどうかしら」
「箱庭…学園?」

担任の教師から手渡された資料のパンフレット。そこには広大な土地に巨大な校舎が悠然と佇んでいた。君のやりたいことがきっと見つかる!生徒の自治にゆだねる学校生活―――と書かれたアオリ通り、このパンフレットも生徒の作ったものらしい。

「特待生にだってなれるわ。設備も整っているし、部活動や委員会活動がとっても盛んで、何より生徒による規律を重んじる伝統ある高校よ」

にこやかに、担任教師は呼びかけた。彼女はその若さにして学年主任を任されるほどに優秀で、そして彼女自身の出身校も、またそこなのである。
しかし答えた晴日の顔には張り付けたような揺るぐことのない微笑が浮かんでいて、その通り一ミリも動くことはなかった。

「十三クラスなんて、随分大きいんですね」
「ええ。広大な敷地に立派な設備が沢山あるわ」
「…考えておきます。これで失礼します」
「あ、待って!」
「…なんですか?」
「何か困ってることがあったら言うのよ?最近、あまり元気がないみたいだから――」

がたん、と音を立てて椅子がデスクにぶつかった。周りの教師が少しだけ好奇の視線を寄せるが、すぐに興味は霧散していく。とても自然に興味を失っていく。
担任教師は、心配そうに、心底生徒の身を案じるように問いかけた。

「ありがとうございます。思い詰めるほど悩むようなことはないですよ」

それでも、いつものように柔らかくて、底なしに暗くて、全てを飲み込むように雄大な笑みで晴日は職員室を後にした。
ピシャリと、何者も入り込む隙間もないように扉は悲鳴を上げた。

ただそれだけの彼女の栄光の話。

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