dream | ナノ


佐々木異三郎の鉄仮面具合、というのは周りにいる人物より何より、本人が自覚するほどである。 だから智香は長く側にいるからといって、誰より親密だからといって、佐々木のデフォルト以外の顔をほとんど見たことがないのは当然だと思っているし、それについて今さらどうこう騒ぎ立てるようなたちでもない。
仕事上のパートナーとしてはこれ以上の人物は恐らくいないだろうと思えるくらいに佐々木異三郎は非の付け所が無いのだし。 佐々木もよく言えば干渉しない智香のそんなところが気に入っていると公言しているのだから直すつもりもないのだろう。
殆ど足音もたてずに町中を歩く二人は、雑踏に溶け込む。他愛ない会話という素振りで、重大なことを話ながらドーナツ店に歩を進める。

「…で。今回の仕事は?」
「いつものとおりの潜入捜査ですよ。今回は…そうですね、優秀な秘書にでもなってもらいましょうか」
「…秘書、ねえ……。スケベそうな顔した標的だこと」
「逃げれば逃げるほど入れあげてくるでしょうから、あなたの仕事はいかにして彼の信頼を奪い取るかということです」
「…ふっ、あはははははっ」

智香は標的の写真を握り潰してけらけらとどこまでも軽やかに少女の笑みで笑った。 あどけない目つきで、おかしくてたまらないと腹を抱えて、おぼこいえくぼを浮かばせて。



「───誰に向かって物言ってんだか」

次の瞬間、そこに居たのは艶かしく色香を放つ悪女そのものの顔をした女。
常人なら今目の前にいる彼女はつい数秒前まで笑い転げていた彼女かと疑ってかかるだろう────それくらいに、纏う雰囲気も、見つめるまなざしも、弧を描く唇も、姿勢も、仕草も、何もかもかけ離れていた。 変わらないのは目の前に居続けているという、その事実のみ。
ただ、その相手が佐々木異三郎だというだけで。 智香の『成り代わり』は完璧だった。

「……女は七つの顔を持つ、とはよく言ったものですね」
「ええー?どこがあ?あんなの迷信迷信。だって、七つなんかで足りるわけないもの」
「…………」

またもや何も知らない無知な女になったかと思えば、次の瞬間には聡明で清楚な女に成り代わっている。
こうやって彼女は何時だって掴み所無くくるくると人を変えてしまうのだ。

「私は、ね。仕事ごとに新しい自分を造って、仕事が終わるたんびに殺してるんだわ。だから今の私もきっと、私じゃない。私、何回死んだのかな」
「では私は毎回違う人物と仕事をしているわけですか。これは怖い」
「…ううん。今の私を私が殺すのは、佐々木さんとの仕事が終わったときかな?」
「それは────なんとも寂しいですね」
「よく言うよ」
「そうでしょうか」

存外佐々木の呟きは真剣だったが智香には全くもって伝わっていない。この、悪く言えば自分に無関心な所に佐々木がどういう感情を抱いているのか。
ガラス張りの大きなショーウィンドウに写りこんだ自分の顔を見て、佐々木はわずかながらにその眠たげな目を見開いた。


困り顔のドッペルゲンガー

(でしたらこんな顔をする私も、私ではないのでしょうね)


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タイトルは休憩様より。

複雑な心境に気づいてほしいサブちゃん。

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