夢喰 | ナノ
44

「ちょいと待ちな」

貧民街の入り口。ボロボロだが雑貨店らしい。商品棚にはまばらにものが置かれている。その中に座っている怪しい男に私は話しかけられた。

「こんなべっぴんさんがこんなとこに何のようだ?」
「用があるんです。とっても大事な…」

男の顔が曇る。

「姉ちゃん。悪いこた言わね。帰りな」
「私、どうしてもここに用事があるんです。どうしても」
「…俺ぁ止めたよ?どうなっても知らねえからな。…一つアドバイスするなら、そう、ここの住人らしく振る舞うこった。まあ、無理だと思うがね」

にやにやと無遠慮に撫で回すような視線を振り払って私は歩き出した。
人はいない。辺りは静まりかえっている。
…なのに、さっきよりも濃密にからみつく視線。
奥に進むにつれ一人、二人とまとわりついてくる。

「…っ」

知っている。
これは、この視線は。

そしてとうとう。
人相の悪い男が一人、姿を現した。
にやにやと笑っていて、明らかになめているのが一目で分かった。

「よー姉ちゃん。どうしたの?こんなとこに」
「用事があるので、失礼します」
「連れてってやるよぉ、その用事の場所まで」
「結構です」

三人、四人と絡む人数も増えてくる。それぞれ粗末な着物を来て、無精ひげを生やしている。
痩せこけているのに目はらんらんと欲に輝いていて私は気持ち悪くて仕方なかった。

「そんなこと言うなよぉ」

鼻息荒く手をつかんだ男の鼻っ面に、思わず持っていた鞄をぶちあてて走り出した。

「おいっ、逃がすな!」
「回れ!」

くっそ、思った以上に着物や草履が走りにくい。慣れてないからか。いつもの隊服ならこんな事もないだろうに!

乱雑に積み上げられた廃材に足を取られそうになりながら走った。しかし地の利は相手にある。五分もしないうちに着物を捕まれて後ろへ引っ張られた。

「…ぐっ」

苦しいながらもその反動に身を任せ蹴りをたたき込む。しかし草履ではあまり効果はないらしく男はたたらを踏んだだけであった。
私がもう一度走り出そうとしたその時、今度は頭をひっつかまれて近くのシャッターに思いっきりぶつけられた。
瞬間、鋭い痛みが額を襲った。

「〜ッ!」
「大人しくしてろよ」
「あんたが悪いんだぜ?暴れなきゃ痛い思いもしなくてすんだのによぉ」

痛みに顔をゆがめていると男は本格的に私を押さえつけにかかった。
ああ、もう、気持ち悪い。本気で吐きそうだ。


―――作戦とはいえ!

曲がりなりにも攘夷浪士を名乗る犯罪者達だ。真選組だの見廻組だの権力を振りかざして突っ込んでいけば、姿もろくに現さないだろう。
だが、私なら?
私服の、何の変哲もないような女の私なら?

そう、飢えたこいつらは出てくるだろう。何も疑わずに、ただただ欲に身を任せて。
それなりに暴れて注目を集め、そいつらの本拠地にご案内してもらう。そういう作戦だ。
だからこれで私はお役ごめんだ。そう、思ったのだが。

「おいおいおい。男が寄ってたかって女にナニしてんだみっともねぇ。思春期ですかコノヤロー」

間にわって入ってきた気だるそうな言葉と、陰になったシルエットに、私は目の前の男たちとはまた違った意味で戦慄した。

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