夢喰 | ナノ


耳の機能を嘲笑うかのような勢いで降る、激しい雨だった。
半壊した家屋の中に、血に塗れた男と少女。違うのは、返り血か出血かと言うこと。

あの日、もう虫の息だった少女は、諦めたように言ったのだ。

「恋ってやつが、してみたかったなあ…」

その言葉は雨音にかき消された。





「っ松平さん!」
「おう、智香じゃねェか。元気にしてたかァ?」

バタバタと足音がなるのも構わずに屯所の廊下を走り勢いよく局長室の襖を開けた。
そこには近藤さんと副長と、松平さんが座っていて何やら話して居るみたいだった。しまった、話中断させたかなと心配したけど松平さんはにこやかに私を迎え入れてくれた。
人相は悪いけど、悪ぶってるだけでとてもいい人だと言うことを知っている。

「おかげさまで。昨日は伺えなくてごめんなさい」
「たまには顔見せに来いよ。栗子も会いたがってたぞ」

真選組に勤める前に松平のとっつぁんには拾って貰って三年も家に住まわせて貰ったり稽古を付けて貰ったりとお世話になった。感謝しても仕切れない、松平さんは師でありお父さんみたいな人だ。…反面教師でもあるけれど。
昨日は久々の非番だったから家に行くことになっていたけど急遽決まった引っ越しの荷造りに追われてキャンセルしてしまった。
電話で栗子ちゃんや奥さんに謝ったけど近いうちに埋め合わせをさせてもらわないと。

「松平さんも元気そうで安心したよ。またムチャしたって聞いたもんだから」
「お前さんほどじゃねェさ。…ずいぶんとまた、面白ェことになってるみたいだな」
「流石、情報が早いねェ」

もう見廻組の事が知れたのか。流石だな。
とっつぁんは煙を吐き出しながらため息をついているようにも見えた。

「どうだ。そろそろ男の一人でもできたか。骨のある奴じゃなきゃ認めないからね」
「あのね、セクハラで訴えるよ?心配しなくてもいないから」
「おい本当だろうなトシィ」

副長はなんで俺に…!という顔を思い切りした。曖昧な返事を返す副長を松平さんが睨む。
私にとっては師であり父である松平さんだけど、きっと向こうは息子と娘の間くらいに思ってるんだろう。この人の親ばか加減はそれはそれは半端じゃない。

「あ、お茶のお変わり貰ってくる」
空になっていた湯飲みを近くにあったお盆に乗せてい……

「わっ!」
「色気ねえなあ。そんなんじゃいつまでたっても独り身だぞ」
急に違和感を感じたと思ったらお尻を触られてた。
近藤さん達は苦笑していた。
まあ偽悪者なこの人の半分冗談みたいなものだ。近藤さん達は私が下品な言葉や視線を送られることに私以上に怒ってくれる。正直嬉しい反面少し申し訳ないのだが。

「そう言うことは馴染みの店のお姉さんに頼むよ」

私は部屋を出た。
ほら、栗子ちゃんには間違ってもこんな事しない。私はあの人の弟子であっても娘じゃない。その事に少しだけ寂しさを感じるけれど多くを望むなんて贅沢だ。
今度はゆっくりと、廊下を踏みしめた。

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