夢喰 | ナノ
60

「じゃあね、智香」

前を行く佐々木さんを追いかけながら去り際に信女ちゃんがの表情が微かに和らいで、そう告げる。

「ん、信女ちゃん気をつけてね―――――――――ッ!!」


返事をして手を振ろうとした瞬間、悪寒。

泡立つ肌。
早くなる動悸。

胃がひっくり返りそうな、これは。

「…智香?」
「な、何でもないよ。悪いね」


知っている。この視線はこの間体感したものと同じだ。。
しかし、あの貧民街よりも何倍も…。

二人の去っていく喧噪の中、私は拳を握りしめた。







「あれ、万事屋さん。こないだはどーも」
「あー…智香ちゃん…おはよー…」

出勤の途中、自転車をこぎながらあたりの景色を見ていたら知り合いを見つけた。
万事屋さんは随分調子が悪そうで、連れの人に肩を貸して貰っている。
…というか、流石だ。
何度か見たことがあるが連れの人もかなり強い。前髪で全て目が隠れているせいか感情が読みとりにくいのが、更に得体の知れなさに拍車をかけている。


「気にすんな。ただの飲み過ぎだ」
「そうですか、えーっと、……服部さん」
「おー。こんな別嬪さんに名前覚えて貰ってるなんて嬉しいねえ」

服部さんはそう言ってかすかに笑う。
相変わらず万事屋さんは青い顔で口元を手で押さえて下を向いてる。相当調子が悪そうだ。なんでこんなになるまで飲むんだか。

「…お上手だねェ。ま、万事屋さん。その調子ならあの約束は大丈夫そうみたいだし、よろしく頼むよ」
「あーアレね、アレアレ。アレ……………えーっと、」
「私が成人したら美味しいお酒の店教えてくれるって約束!」
「ほー。旦那も隅に置けねえな」
「いや、別にそういうんじゃ…。職場の上司よりはまともかと…」
「ああ。あんた真選組だったな」

私の制服をじろじろと見る服部さんに少しだけ嫌みを返すことにした。
なんかね、強いからこその余裕?みたいなものははっきり言うと癪に障る。

「服部さんは元お庭番集筆頭でしたっけ。警察庁長官から話を聞いたことがありますよ」
「昔の話だ。今はもう時代が違う。あの親父は上手くやってるみたいだがな。
まあ、もう俺は将軍家がどうなろうが知ったこっちゃねえが…。気をつけろよ。ここんとこ、人さらって金儲け企んでる奴らがいるみたいだからよ」


「!」


忍者がフリーになっていくらかたつようだが、やはり現役時代に築いたパイプとやらは凄いようだ。
かなり深いとこまで知ってんだろう。

「あんたにゃ忠告はいらなかったか?」
「…いーや、ありがたく頂いとくよ」

私は勢いよく地面を蹴って、再び自転車を漕ぎ出した。

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