08 二人して時間を忘れてお互いを貪り合い、やっと一息ついて一度湯を浴びに行こうかどうかを耳打ちし合っていた時。 不意にコツコツと回廊を闊歩する音が響き、その足音から人物を割り出した私たちは慌てて衣服を整えて濡れていたところをサッと拭き取る。 先に身支度を整えた私が、自分で乱雑に落とした書類を拾い集めているとその間に彼女は所持していた香水を辺りに撒き散らしていく。 元々部屋の窓が全て開け放たれていたこともあり、そこまで匂いはしなかったが念には念を、なのだろう。 そして気持ちばかりと言わんばかりに破棄する予定の書類を掴んで空気を扇ぎ、香水の匂いを薄めて部屋中に拡散させてから書類拾いの手伝いをしてくれる。 「何でもない顔してね」 「言われなくても、分かってます…」 むしろそうやって含み笑いをされる方が意識してしまって困るというのに。 「まったく」と目を逸らしながら書類を拾っていると、バーンと正面の扉が開け放たれて我が王が帰還した。 「ジャーファル!何で起こしてくれない!おかげでだいぶ寝入ったじゃないか!」 「あんたって人は、どうせすぐ起こしに行ったって起きないでしょうーが!」 「それはそうなんだがな……。ていうか、どうした。そんなところに二人してしゃがみ込んで」 カツカツと近くまでやって来ようとするシンに待ったをかけるようにナディヤが書類を持ちながら立ち上がって柔らかく微笑む。 「ジャーファルが寝ぼけて落としちゃった書類を拾ってたの。疲れてるみたいよ」 「……ええっ、ああ…はい。すみません」 「はっはっ。なーにやってるんだジャーファルくん」 シンが此方に来ず、大きく机を避けるように迂回して自分の机にドカッと座ると、それを追うように追いかけ、書類の進行状況を報告するナディヤ。 勿論彼女が私と戯れていた時間で執務が出来るわけがない。 ……ということは、それより前の時間に、アリバイ用の為に平行して進めていたのだろう。 二人きりの時間を狙うといい、香水といい、アリバイ工作といい………あまりの用意周到さに脱帽する。 流石、シンの妹……とでも言うべきだろうか。 「此処まで進めてくれていれば十分だ。……ナディヤ、疲れただろう?そろそろ寝たらどうだ?」 「う、ん……。そうしようかな」 「ジャーファルの方はどうだ?」 「そうですね……」 正直、こんなことになると思っていなかったから全然進んでいない。 それに徹夜も相まって頭が働く自信がない。 ……どうしたものか。と、さりげなく視線を泳がせているとシンの方から「いや、やっぱりいい!」と軽い返答で遮られる。 「お前も疲れているだろう。……ここ最近も夜更かしや徹夜ばかりだったしな! お前も少し仮眠を取って来るといい」 「え」 「なに、あと少しすれば誰かが起きてきて手伝いに来てくれるだろう。気にしなくていいぞ」 「あ…。まあ、そう、ですね」 何となく歯切れの悪い言葉を返すと、何を思ったのかニッと笑ったシンが「いつも頑張ってくれているからな!」と労われて、胸が痛む。 でも、体はさっきの情事で疲れているし、頭は働きそうにない。 そうなれば、大人しく従っておく方がいいだろう。 「では、お言葉に甘えて」 「うん、そうするといい」 「じゃあ私も少し寝て来るね。朝礼までには出て来れるようにするから」 「?別に気にしなくていいぞ」 「私が気にするの。それにみんなが心配するし。おやすみなさい。ジャーファルもね」 「おやすみ、ナディヤ」 シンに背を向け、私の方へと歩み寄って来るナディヤ。 不自然にならないように、いつも通りを心がけてにこりと微笑む。 そんな私を見てナディヤもニコリと微笑んだ後―――、すれ違い様に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で囁いてから通り過ぎて行った。 「っっおやすみなさい!」 「ふふ、おやすみジャーファル」 るんるんっという効果音が付きそうなくらいご機嫌な後ろ姿をため息をついて見送り、私もシンと軽く明日の打合せをしてから執務室を退出した瞬間、その場にズルズルと蹲った。 ”気持ちよかったよ。またね” 「………ほんと、心臓に悪い」 振り回されてばかりだ。 ← → ×
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