真夏の天使
「やる気でねェ…」 「ほんとっスよ。今室内温度何度っスか!?」 「うるさいのだよ。しゃべるほど余計に室温が上昇する」 「そうそう……キセチンうるさ〜い」 「なんスかもう……!黒子っちなんかいってやってくださいっス」 「黄瀬くんうるさいです」 「ひどっ!!」 いつものようにギャーギャー騒ぎながらも練習に打ち込むレギュラー達を眺めながら渇いた笑いを漏らす。 正直、もう話すのも億劫な位ダルい。 スコアボードに寄りかかるようにズリズリと押しながら進み、置いたら今度は部員の給水の為の給水器とポカリを用意しに行く。 夏休みに突入した今日も帝光中学バスケ部では勿論練習が行われている。 今日……最高気温34度らしい。 しかも関東の一部では39度いくとか。 体育館もその被害が出ており、扉を全開で開けても全然風の入ってこない体育館は直射日光がなくてもサウナのように暑い。 部員の数名は主将の赤司がいないのを良いことに扉のところで涼をとっている。 おうおういいご身分じゃないか、マネージャーの仕事手伝ってもいいんだよ!? 今日はさつきちゃん家の用事で出掛けてていないんだからな! 元々少ないマネージャー達は夏休みで更に少なくなったから他の子らは人数の多い二軍・三軍に回ってもらって一軍は私だけなんだから! (………ってのは、さすがに言わないケドさ……) うん、とりあえず……地球温暖化とかやめてくれ。 「……もう、限界です」 「うわぁああ!大丈夫っスか黒子っちぃいい!!」 冷やしタオル……作った方が良いかも知れないな、コレ。 てか、ホントに空気こもりすぎてヤバい。 扉近くでじっとしててもすぐに髪の毛の生え際がしっとりしてくるもん。 はあ…とため息を漏らしながらタオルを作りに行こうとした時、扉から我らの主将が顔を出し、あまりのだらけっぷりに眉を寄せた。 「なんだコレは」 「あ、赤ちーん…」 「赤司……暑すぎるのだよ」 「……赤司くん……僕はもう無理です」 「おいおい、大丈夫かテツ」 練習メニューらしきモノとペンを片手に思案するように目を伏せた赤司は「とりあえず、上の窓を全部開けろ」と指示を出した。 「日光がないほうは暗幕を開けて出来るだけ風を入れるように。後、紫原・青峰・黄瀬・緑間はコッチに」 「うげ、なんスか」 「第二倉庫の方に大型扇風機が数台ある。それを使えば少しは違うだろう。俺も行く」 「あ?そんなのあんだったら、初めから使えよ」 「全くなのだよ」 「仕方ないだろう、先程監督に貸し出しの許可を得たばかりなんだ」 他の部員はこのメニューの一から三までを繰り返し行うように。 テキパキと指示を出し、レギュラー達を連れていこうとする赤司をボゥと見つめる。 (………やっぱ、すごいな……) 赤司がいるだけで空気……というか士気が全然違う。 今までダラダラしてた部員たちがサッと動き、今は赤司に言われたメニューを淡々とこなし始めている。 間違いなく、彼は人の上に立つべくして生まれてきたに違いない。 「……白川。部員たちに、休憩でなくても適度に水分を補給するように言っておけ」 「はいー!」 「あと、お前も今日来てからずっと動きっぱなしだっただろう?気温が30度以上ある場合『喉が渇いた』と思う頃には既に手遅れであることが多い。水分補給は早めにした方がいいだろう」 「はーい。ありがとね」 「主将として部員の管理は当然のことだ」 行くぞ、と四人を連れていく赤司の背中がイケメン過ぎて惚れそうになる。 あ、もう惚れてたわ。へへっ ニヤついた顔を練習メニューで隠しているとふと「しまりのない顔ですね」と冷静な声が目の前から聞こえ、いつの間にか居た黒子にビックリして仰け反る。 「黒子、な……なんで此処にいるの?」 「レギュラーの皆さんが行ってしまったので……練習出来ないんですよ」 黒子は基本、パスしかしない。 相手が居なくてはパスもくそもないだろう。 「あー、じゃあ少し付き合ってあげようか?」 「助かります」 「じゃあ、その代わりコレやったら冷やしタオル作るの手伝ってね」 「了解です」 早めにメニューをこなしたベンチ部員を二人捕まえて黒子のパス練習を行う。 ホントなら、後一人位追加してディフェンスさせながらやったらより黒子のレベルアップになるんじゃないかと思うが、ちょっとこれ以上のめり込んだら黒子がダウンしそうな気がした。 「……っ、じゃあ白川さん。タオル作り手伝います」 「はーい、よろしくね。あ、みんなー!赤司からありがたいお言葉ー!『休憩でなくても適度に給水オーケー』だそうですー!」 「「よっしゃああ!!」」 早速給水器へ駆け込む部員達を横目に、『もう一個用意した方が良さそうだ…』とため息を漏らした。 「白川さん、顔色悪いですよ」 「んー…ちょっと、暑いだけ」 「無理は駄目です」 人数分の冷やしタオルを用意し、追加の給水器を持って立ち上がろうとした時クラッとした。 (うわ……やば……) 視界がぐるぐるして気持ち悪い。 なのにすごく喉が渇く。 「白川さん!?」 マネージャー倒れたとかシャレにならんわ……と思いながら意識がブラックアウトしていった。 「!?」 「起きたか」 なにこれ、どういう状況!? 赤司の顔が天井を背景に見えていて、枕が………いや枕じゃない赤司の足だ。 まさかこれは……膝枕!!? 「うわ、ごめん!!っみぎゃ!」 「起きるな。もうしばらくじっとしておいた方がいい」 起き上がろうとするとグッと額を押されて再び太股の上に頭を戻され、赤司の麗しい顔を下から拝見する。 うおおお、赤司の頭が高い……じゃないなにコレ恥ずかしすぎて死ねる。 「……お?」 やっと首に回ったひんやりもした感覚に気づいて視線を落とすと、首や脇などを冷やしタオルで冷やされていた。 そして、大きい扇風機のひとつはこちらを向いて首を振っている。 今いるのは体育館の扉の近くだし涼しい。 ……もしかしなくても、赤司は戻ってきてからずっと面倒を見てくれていたのだろう。 赤司の優しさに動機息切れが出そうになるのを必死に押さえる。 そう言えばマネージャーの誰かが赤司のことを『赤司様』とか言ってたけど確かに今の赤司はもうホントに神々し過ぎて正面から見れない。 「赤司様ありがとう」 「様?いや、もう少し気を配るべきだった。……すまない」 「いいよいいよ、赤司は色々背負いすぎ。マネージャーなんかじゃなく、部員に気を配ってあげてよ」 「俺に取ってはマネージャーも大切な部員の一人だよ」 「う……うん」 「「「……なんなんだ、あそこの空気……」」」 腑に落ちない顔のレギュラーメンバーの中で黒子と緑間だけがケロッとした顔で練習をしていた。 20130808 ← → [TOP] ×
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