01 「……はっ、は」 畑や野原が拡がるのどかな景色の中、舗装されていない道を金色の髪が通り過ぎていく。 港から離れていて農業を家業としている家が多くある為、エレナがいる場所は周りに湿原が広がっていた。 (……この辺りだと思うのだけど……) きょろっと広大な草原を見回した時、探し求めていた人影をやっと見つけ出し安堵で体の力が抜けていくようだった。 「アローン…!」 「あ、エレナ」 此方を見るなり、悪戯がバレてしまった子供のように苦笑した彼に気を削がれて怒りが収まっていく。 「もう上着を羽織っていかないと風邪を引いてしまうわ」 「うん、そうだね」 ゆっくり近付いて手に持っていたアローンの上着を肩にかけてあげると嬉しそうに「ありがとう」と笑って立ち上がった。 つられるように彼を見たが……つい彼と自分の身長を比べてしまい、視線を下げる。 「……?何だい?」 「いいえ、なんでもないの」 もう、アローンに隣に立たれると自然と彼を見上げる形になってしまった。 僅かな違いなのだが、少しずつ彼が『男』になっていくのを傍で見ていると……なんだか無性に恥ずかしくなってしまうのだ。 視線を下げていると、アローンの足元に花をつけていない草葉が目につき目を伏せる。 (……あの聖戦が終わって、もう半年くらい経つのね) エレナ達が初めてこの湿原に降り立った時、此処にはエリシオンのように様々な花が咲き誇っていた。 二人ともボロボロだった上に、アローンは全身酷い火傷と脇腹をテンマに貫かれた事による傷が出血していて近くにいた村人の発見がもう少し遅れていれば正直危なかった。 でも、一度ハーデスと入れ代わったおかげなのか皮膚の下の肉は塞がっていて、最悪の状態は避けられたそうだ。 傷の経過を見てくれたお医者様は「臓器の損傷はない」と判断してくれて凄く安心したのを覚えてる。 だが火傷は、一部では皮膚が爛れて中の肉さえも露出して焼けているなど酷いものがあった。 範囲が広かったせいか、それらは数ヵ月経ってもなかなか治らなかった。 高熱や色々な症状に苦しんでいる姿に、凄く胸が痛んだし、悲しかった。 『これは、さすがにもう治らないよ。最悪の場合、悪化する前に腕を切り落とさなくてはいけない』と医者に言われたのも、悲しみの理由一つだった。 "腕は、失ってほしくない……!大好きな絵を、描いて貰う為にも…!" それからはエレナも一生懸命医学の勉強した。 付きっきりで寝る間も惜しんで手当てをし、また小宇宙を分け与え続けるなどの献身によってかなり回復して奇跡的に綺麗に治ってきた。 ただ、治りかけの時はむず痒さがあるらしく引っ掻いてしまわないように予防として今は包帯を巻いているのだ。 「傷はどう……?火傷も」 「ああ、大丈夫だよ。脇腹の方は時々ちょっと縫った痕がひきつる位。痛みはないし」 「そう。あまり……心配、かけないでください」 「……」 ごめんね。そう短く謝ったアローンが手を差し出して来た為それに自分のモノを黙って重ねて草原を後にする。 ……日が、もう落ちかけている。 夕陽が湿原を赤く染め上げ、風に草原がなびいてまるで赤い海のような光景に二人とも足を止めた。 隣にいるアローンはその光景に釘付けになっていて、まるで目に焼き付けるかのように熱心にその景色を見続ける。 「……凄く、綺麗だね」 「ええ」 「これもいつか絵に描こうかな」 そう言って笑っているアローンが手にしているスケッチブックは、全ページが白紙。 ペン先を紙につけた痕跡さえない。 つまり彼は………あの日から一枚も絵を描いてはいないのだ。 戻る ×
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