01 「すまない、雑務に追われてしまって復興は全く進められていないのだ」 「いえ、貴方一人に全部負わせてしまってごめんなさい。苦労をさせてしまって」 「……取り合えず、無傷な教皇宮に寝所を用意しよう。二人ともゆっくり上がってくるといい。話は、後だ」 慣れた様子で歩き出したシオンの背を視線で追い、つられるように半歩足を踏み出した瞬間ザワッと聖域全体の空気をざわつかせるような異様な気配がして肌が粟立つ。 ぶわっと全身の毛穴が開くような緊張感を感じて周囲を見渡すも、荒廃した聖域の無残な姿しか目に映らなかった。 渇いた風が髪を揺らす中、エレナは一瞬で女神へと表情を変えてアテナ神殿が存在している十二宮の頂上を見据える。 聖域を進むごとに濃密になっていく気配を前に、自然と顔が強張っていく。 アテナではない何かの気配が聖域の最深部を中心に、聖域へと広がっているという異様な事態を前に息が詰まるようだった。 はぁ…と吐いた息が重く、吸う空気さえも霜を纏っているかのように僅かに冷たくて重たい。 一人で進むことが躊躇われ、無意識に傍にいる筈のアローンを振り返ったが傍にアローンは居なかった。 「え…?」 一気に不安が押し寄せて更に後ろを見ると、瓦礫の山と化した聖域を眺めたまま立ち尽くしている姿があった。 その横顔から表情は読めない。 「どうかしたの、アローン」 「ああ、何でもないよ」 一瞬ビクッと大きく肩を揺らしたアローンの目がやっと此方を見たかと思えば、「あ…」と小さく声を漏らす。 でも、瞬時に表情を緩ませて無理矢理作ったような引きつった歪な笑みを浮かべた。 「ごめん、ボーッとしてたみたいだ」 「……いいえ、アローンも船旅が続いて疲れたでしょう?無理しないで」 「大丈夫、もう体力はだいぶ戻ったんだ。むしろ、リハビリ代わりにしっかり歩かなくちゃね」 荷物を手に柔らかく微笑んで意気込むアローンが自分の脇をすり抜け、そのまま何事もなかったかのように十二宮の長い階段を上がっていく。 アローンの足取りや様子からは自分と同じような感覚を味わっているようには全く見えず、階段を昇っていくアローンとゆっくりと距離が離れていく。 聖域の異様な気配を前にしても躊躇いなく昇って行く背中に困惑して、衝動的にアローンの服の袖を摘まんで引いた。 「顔色が悪いけど、どうかした?」 「アローン……は、大丈夫なの…?」 「?何が?」 「………」 気付いて、ない…? こんなに、はっきり分かる程の異質な空気が漂ってきてるのに、アローンは何も感じていないのだ。 その事実に、アローンの袖を掴んだまましばらく呆然と立ち尽くした。 「体調でも悪いのかい?」 「いえ…何でもない」 「なら、少し長い道のりだけど教皇宮まで頑張ろうか。ほら、行こう?」 差し伸べられた手に縋り付くように触れると、勢いでそのまま細い腕を抱きしめるようにしがみ付いて目を瞑る。 驚いたように少し身を強張らせるも、此方を拒絶することがないアローンに安堵してそのままアローンに捕まるように二人で階段を上がっていく。 「本当にどうしたの」 「少し、甘えたい気分なの」 「またそれかい?ふふ、歩きづらいよ」 くすくすと笑いつつ、じゃれるようにエレナの頭を軽く撫でてから片頬を寄せる。 エレナもそれに応えるように大好きな人の腕に、頬を寄せた。 端から見れば仲睦まじい恋人同士にか見えない光景だった。 でもその数歩後には、アローンはふっと顔から表情を消してゆっくりと視線を持ち上げた。 そしてそのまま十二宮の階段から、その奥の建物を見据える。 「………」 十二宮の奥に聳える教皇宮を無表情のまま見据えたアローンの衣服の中で、銀色のネックレスが微かな音を立てた。 戻る ×
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