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クラムボンは殺された

「じゃあ、例の3人から謝罪は受けたんだ」
「はい。まあ、あの決闘から結構経っているので正直私も忘れてたのですが。
でも、罵られたのはエラン様も一緒なのに、ご自身への謝罪は良いのですか?」
「必要無い」


そう言いながら、私が注いだ紅茶を飲み、同じベンチの隣で本を開き始める。

エラン様と同じ顔の筈なのに、冷めた目で淡々と読書に打ち込んでいる横顔は、今の私にとっては完全に別人に見える。



(時々忘れてしまうのだけれど、この方は一応エラン様の影武者なのよね…)


エラン様自身の権威を振りかざしたり、成り代わってやろうとかいう野望が無いのは監視している側としては助かるのだけれど、あまりにも周囲のモノに対する興味がなさ過ぎるのも少し気になる。

まるで、生きる事を諦めて自暴自棄になってしまっているような。
最近はそういう危うさも感じていた。


ただ、相変わらず身体データ計測以外の決闘はしないけれど。


「そういったパフォーマンスも必要だと云うのなら、検討はする。……君は、いつか彼の妻になるのだし」
「まだ確定ではないです。
一応、私とエラン様との婚姻は、幼少期にペイルAIの遺伝子相性と性格傾向などの総合評価がされて、一番最適値に近いとカップリングが選定されました。
それでも……初めて幼いエラン様に会った時、『この人の為に頑張ろう』って思えたんです。だから、」


だから、一生懸命だった。

エラン様は私以上にもっと自分に厳しく努力されてたから。
もっと、見合うようになりたいと思って、ひたむきに何でもできるように努力し続けた。

中等部に上がる前にエラン様の婚約者として認められた頃は、まだエラン様のことを好きだったから、少しでも役に立てる事は幸せだった。


それが、ただの仕事になってきたのは、いつからだっただろう。



(……多分、"あの時"……)



『…パイロット科での入学ですか?』
『ああ。ペイルブレードの指示だ。
御三家の他2人もパイロット科で入学するのに、ペイルだけ経営戦略科なのもカッコつかないだろ』

『パイロット科には、学力試験と実技試験の点数が良いのは勿論ですが、受験資格自体も決まりがあって、エリートしか入れません。その点、エラン様なら問題ありませんね』
『学園は、決闘によってあらゆることに利便を図ることが出来る。そういう意味でもパイロット科の方が有利だ』
『…エラン様、モビルスーツ乗れます?』
『俺は乗らない。上の意向で、例の強化人士を学園に送り込む手筈になったんだ。
だから、お前が監視しろ』


強化人士は、俺そっくりに全身整形させる。

絶対に決闘には負けるな。どういう裏工作をしたとしても。

強化人士も上手く管理して、ご立派な戦績を残してくれよ。


『人間1人の全身整形は、時間もかかるし身体への負荷も相当と聞きます。
そんなに簡単な事では……そこまでしてパイロット科で入学する必要、あるのでしょうか?』
『もしかしたら、棚ぼたでホルダーになれるかも知れないだろ?
そうしたらミオリネと結婚して、ペイルのトップどころか、ベネリットグループ総裁だ』



あの時は、曖昧な顔で笑って、口を閉ざすことしか出来なかった。



「……」
「君は、一度彼とちゃんと話した方がいいと思う」
「、検討しておきます」
「……うん」


そもそも、私たちの結婚の是非が決まるのは、学園卒業した後。
今から急いで結論を出す必要はない。

その間に、彼がホルダー争奪戦に加わらなければ、多分何事もなくこの学園生活も終わる。

もう三年目となると、少しだけ感慨深くもなる。

彼が来てから、色んなことが好転してきた。
今ではあのグラスレーのサビーナとは友人になれたし、地球寮の寮長で同じ経営戦略科のマルタンくんとも仲良くなれた。


影武者エラン様は、優しい。

このまま、この穏やかな時間が続けば良いのに。

そう、願っていた。














「氷の君が、スレッタ・マーキュリーとデートしに行ったって!?」
「メカニックの奴が言ってたからガチ!」
「想像できないんだけど〜!何話してるんだろうね」

最近噂で持ちきりになっている、水星からの転校生、スレッタ・マーキュリー様。


転校初日であのグエル・ジェターク様に圧勝して、ガンダム使用の嫌疑で審問会にかけられ、そして二回目のグエル・ジェターク様との決闘に勝って現ホルダーへ。


話題性がありすぎて、初日の時点ですっかり学園中に彼女の名前は知れ渡っていた。


それにジェターク社のモビルスーツを二度も打ち負かした異質なモビルスーツに、うちのCEOたちが強い興味を持っているのは審問会の様子を本物エラン様から聞いた時から知っていた。


ベルメリアさん経由で、CEOがエラン様に異質なモビルスーツを調査するように云われていたのも、聴いてる。

でも、何だろう。


「…すっごい、モヤモヤする」

タブレットを抱きながら、自室の中をうろうろと歩き回る。

エラン様には「確認だけだから、付いてこなくて良い」とは云われているけれど、監視役としてはこっそり遠くからでも見守っておくべきだったかも知れない。


(やっぱり…ちょっと覗いて…いや、でも…)


ガックリと肩を落とし、取り敢えず彼が戻ってくるまで談話室で待とう…と廊下に出た時、向こう側を歩き去って行くエラン様の横顔が見えて、急いで駆け寄る。

エラン様に声を掛けると、その場にピタリと立ち止まるも、普段はすぐに此方を振り返ってくれる筈が、彼は背中を向けたままだった。


「お帰りなさい、エラン様」
「……」
「も、モビルスーツの調査、どうでしたか?やっぱり、あればガンダ」
「ガンダムだったよ。悪いけれど、しばらく1人にしてくれる?」


そっけない声で再び歩き出してしまうエラン様。
「これは何かあったな」とすぐ感づき、慌てて振り返らない背中を追いかける。
今、追いかけ無ければ、なんだか彼が遠くに行ってしまうような気がしたから。


「スレッタ・マーキュリー様と何があったんですか?」
「君には関係のないことだよ」
「関係、なくても、教えて欲しいです」
「……どうして?」
「エラン様の事、放っておけないからです」


絞り出すようにそういった瞬間、再び歩みを止めたかと思えば、くるりと此方に向いたエラン様の顔は、いつか見た時のように何かに怒っているような顔をしていて、ギュッと無意識にタブレットを抱き締める。


「僕の事?……それとも、”彼”の為?」
「そ、れは…」
「君だって、僕に"彼"の姿を重ねてるだけだろう。
君が大事にしてるのは〈エラン・ケレス〉なのであって、僕じゃない」


たまたま、同じ顔と同じ姿をしている人間が居たから、身代わりにしてるだけだ。
僕は強化人士で、君達にとっては使い捨ての駒。

君も”彼”も、いつだって安全圏で安寧を貪っている癖に。


「どうせ、君は承認欲求が満たせれば、誰でも良いんだろう?」
「…ち、が…」
「何が違うんだい。……此所に来てからずっと、迷惑だった。
これ以上僕に構わないで」


疎んじるような目でジッと睨まれ、喉がぐっと締まる。

今までは一切、こんなにもはっきりとした憤りを向けられた事はなく、頭を鈍器で殴られたかのようなショックで思わずタブレットを取り落とし、その場に立ち尽くしてしまった。



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